私が好きな写真家のソール・ライターが残している言葉で、
「写真を撮ることは、発見すること。それに対し絵を描くことは、創造することだ」
という言葉がある。
ドラマはその間の子だ。発見と創造の、その曖昧で柔らかい中間にいる。
例えばあなたが役者だとして。
膝の上の鯖弁当の具材を持ち上げてくれと言われたなら、何を持ち上げるだろうか?
色彩について語る、観察眼に優れた画家の卵という役どころ。
柴漬け、にんじん、がんも、こんにゃく、やっぱり鯖…
『階段下のゴッホ』において、神尾楓珠さんの答えは、「ごま」だった。
ごま。
色彩について語り合うシーンにおいて、燦然と輝く黒き種子。
しかし、小さい。とても小さい。
その小さな輝きを捕らえるのは、手持ちのレンズではとても難儀だ。
だからお願いした。「ごま」と呟いてくれませんか。
神尾さんは、ちょっと笑って「いいですよ」と答えてくれた。
「ごま」という台詞を、この人は俳優人生の中であと何回言うんだろう。

ト書にあったのは、“弁当を食べている”。それだけだ。
昨日の私という人間の考えたことは、
精々黄色を語る時に卵焼きを持ち上げる、くらいの些細なこと。
しかし現場に行けば、不思議と見えてくるものがある。
映像作りは総合芸術。3人寄れば文殊の知恵。時々、思いつき。
そう、演出というものは、
時たまに撮影中の“打ち合わせ”という綺麗な言葉で包まれた“雑談”からできていたりする。
雑談と観察にこそ発見がある。創造が生まれる。そこがすごく面白い。
照明「俺が観察するならにんじんの断面は絶対に見る」
ーー私は大根って透明なのか白なのかで悩むことがあります。
助監督「こんにゃくがすべる!」
ーーそりゃこんにゃくだもの。
美術「鯖の照りが足りない」
ーー少し炙りますか?
記録「私がんもの食感が嫌いです」
ーーわかるかも。
神尾さん「俺、実は柴漬けそんなに好きじゃないんですよね」
ーーえっ、ごめん。
カメラマン「ていうかこれ、具材全部持ち上げた方が面白いんじゃないの」
ーーあ! それ、いいですね。
助監督「こんにゃくがすべる!」

結局、卵焼きからにんじんまで、あらゆる具材の持ち上げを実際に使うことにした。
そして本編は「白黒はっきりつけなきゃね」という台詞に対して、
神尾さんの「ごま」を選択することとなった。
白ごまと黒ごまを、色彩の暗喩として見せるところに辿り着いた。
伝わるかはわからないが。
こうして生まれた小さな発見がいつも、物語をほんの少しだけ彩ってくれる。
私は今日も実にくだらない「ごま」に微笑んでくれる誰かがいたらいいなと、
醤油ラーメンにごまを振っている。
ちなみに神尾さんは撮影中、苦手だと思っていた柴漬けを食べながら、実は結構好きになっていた自分に気づいたらしい。
「大人になったってことですかね」
これもまた発見である。
プロフィール
小牧桜
こまき・さくら | 1989年4月14日、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒業。TBSテレビコンテンツ制作局ドラマ制作部所属。TBS系ドラマ『この恋あたためますか』『リコカツ』『持続可能な恋ですか?〜父と娘の結婚行進曲〜』などの演出を手掛ける。現在火曜深夜放送のドラマストリーム『階段下のゴッホ』で、演出(全8話)とプロデュースを担当している。