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【#3】4度目の正直

2022年10月29日

text: Sakura Komaki
edit: Yukako Kazuno

2019年3月、一人フランスへ飛び出した。所謂自分探しってやつだ。

当時はジレ・ジョーヌの運動が盛んで、土曜はパリを出た方が良いと、古い友人の薦めで南西部のアルカションという町に二日ほど滞在した。本当はステーキが食べたいのに、この旅3度目の牛肉のタルタルを注文。だいたいSteak tartareって、Steakに釣られて頼んじゃうじゃないか。そんな帰り道。沈む西日の反対で、信じられないくらいにピンクの海を見た。

鯖色の海

複雑な光の反射を受け揺蕩う水面。

日本で見るものとは全く違っていて、気づいたら夢中で動画を撮っていた。いつかどこかで使えるかもしれない。もしあなたが今後桟橋に這いつくばってカメラを構える人を見かけたら、是非そっとしておいてあげてほしい。大丈夫ですかと手を差し伸べられると、おそらくその人は恥ずかしい。

それから3年半。MVの仕事が舞い込んだ。ROTH BART BARONの『赤と青』という楽曲。演出しているドラマ『階段下のゴッホ』のEDテーマでもある。同じ世界観で純度の高いものをとご依頼いただいた。物語は一度完成されているが、新たにそこに何を描こう。ドラマ撮影中に撮った写真を見ていると、とある一枚で手が止まった。

夜道を歩く倉悠貴さん

倉悠貴さん。神尾さん演じる浪人生の兄の役で、物語の根幹でもある。ロケ終わりに偶然撮れた一枚の、何かを見つめる表情に物語を感じた。そうだ、この目線の先を描こう。

スタッフに声をかけると、シーズン2はパリ編じゃなかったんですか、なんて言いながら、みんな忙しいのに集まってくれた。

つくづく幸福な人間だと思った。

倉さんとは撮影前偶然にあった取材の場で、少し時間を貰って話し込んだ。

「花を持ってみるのはどうですかね」

ーーいいかもね。

「うん、あとは画材道具とか…」

ーーそうだね。あとは麦わら、炎、うーん。

「そういえば、さっきの取材の人のクリアファイル。ワンピースでしたよね」

進む雑談。ドラマを撮っていた時の感覚が蘇った。

ドラマ撮影時の倉さんと神尾さんとわたし

撮影当日も会話は続き、私たちはまるでお祭りのように作品づくりを楽しみながら過ごした。倉さんはランタンをどう持つかーー手を上げたり下げたり、助監督の握り方を真似したりと終始研究していた。

相変わらず目がいい、と思った。

思えばどの写真もどこかを見つめていたな。

水底に小道具の鏡を並べながら、ふとフランスの海を思い出す。

この人たちだったらあの水面を一緒に撮ってくれるだろうか、なんてぼんやり考えていると、「やっぱこのシーンはルーブルで撮るべきだったよなー」と真顔の制作担当。這いつくばる我々が想像できて嬉しかった。

アルカションの水面は、その後加工してMV本編に使った。あの日の私に発見があったように、本当の色は自分で見つけてほしいと願いを込めて、ピンクは敢えて封印した。

撮影の帰り道。みんなで並んで駅へ向かった。

「明日髪を切るんです、この役ともお別れだ」

そう言って笑う倉さん。

クランクアップの花束入りの紙袋を握る右手が、相変わらず楽しそうにランタンの持ち方を続けていて、ちょっとぐっときてしまった。

発見と観察の青年

次フランスに行ったら注文する前に辞書を引こうと思う。でも頼むのはきっと4度目のタルタルだ。

大勢で食べるのだから、一人で食べたあの頃より、きっとうまいに違いない。

プロフィール

小牧桜

こまき・さくら | 1989年4月14日、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒業。TBSテレビコンテンツ制作局ドラマ制作部所属。TBS系ドラマ『この恋あたためますか』『リコカツ』『持続可能な恋ですか?〜父と娘の結婚行進曲〜』などの演出を手掛ける。現在火曜深夜放送のドラマストリーム『階段下のゴッホ』で、演出(全8話)とプロデュースを担当している。

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https://twitter.com/sakuracmc