CULTURE

終わりなきウエストコーストロード【前編】

西海岸の風を届けた「Melody House」。

2022.07.05(Tue)

photo: Hiroshi Nakamura
text: Toromatsu

 アナログレコード再熱の昨今なのに、“新譜CD”をとことん厳選して販売している「ザ・メロディ」という店が大阪にある。しかもその店はもともと「メロディハウス」というアメリカンロックを中心とした輸入専門店の草分けのひとつだったのに、ストックのレア盤などを販売して生計を立てるのではなく、あくまで定価で買える現行CDを扱っているのだ。

「ザ・メロディ」は1982年にオープンし今年で40年を迎えた。前身の店である「メロディハウス」は1973年に原宿にできていて、そこから数えると来年で50年となる(当時は東京に3店舗、大阪に1店舗あった)。ちなみに今も現役のレコード店「芽瑠璃堂」は1974年に吉祥寺で生まれ、「パイドパイパーハウス」は1975年に青山に誕生。渋谷「シスコ」や、新宿「ディスクユニオン」なども東京にあったが、とにかく「メロディハウス」は当時ではまだ決して多くはなかった、アメリカから届く“最先端の輸入盤”をメインに扱う数少ない店のひとつであったことは間違いない事実となる。

「懐かしいなぁ、ポパイってまだ元気にしてんの?」と74歳になる店主の森本徹さんが迎えてくれた。この森本さん、実は創刊当時のポパイに『Osaka Sound Deluxe』というコラムを持ち寄稿していた僕たちの大先輩。ちなみに店のセレクトは当時から一貫としてウエストコースト、AOR、ハワイアン、フュージョンなどにおけるオーシャンブリーズ漂うサウンドが軸。店内に置かれたいくつもの初期ポパイを見ると、それらの音楽を積極的に紹介してきたのが窺える。

「編集部の人が“制約なしで森本さんの推薦盤を好きに書いてほしい”って言ってくれて。結構人気のコーナーやったみたいで、東京の『山野楽器』なんかがこのサウンドデラックスに紹介されたものを集めたコーナーを作ったりしていた。この頃はまだ前の店の名義やね。『メロディハウス』は親会社が輸入盤の卸屋で、せっかくやからと原宿に小売店を出したのが始まりやったんよ」

 余談だが、洋楽のレコードで海外からの輸入盤が初版となるものであれば、日本のレコード会社が製造・流通した国内盤は再発(リイシュー)という位置付けになる。海外の音を誰よりも先に手に入れるなら輸入盤に頼るのは当然。国内盤としてリリースされないものも数多くあるし、加えて両者で音質が違っていたりもすることから、やはり輸入盤は憧れのアイテムのひとつだったわけだ。映画『波の数だけ抱きしめて』で中山美穂演じる女性DJがレコードの封を開けて匂いを嗅ぐシーンがあったけど、“新譜の輸入盤にはアメリカの香りが込められている”と、日本の若者がそんな仕草をすることもあったと話しを聞く。

 大阪の高校を卒業して、東京・原宿のデザイン学校に通っていた森本さんは、レコード店でアルバイトをしていた経緯からその輸入盤の卸しの会社に入社。本社が大阪だったため、大阪でバイヤーをしながら東京も行き来する生活を送っていたという。

「伊丹空港に届いたレコードをそのまま駐車場で仕分けするんよ。そんなことをしていたら1976年に会社から“『メロディハウス』の大阪店を出すから店長頼むわ”って言われて。ちょうど今取り壊しされてるんやけど、今の店から50mほど歩いた東清水町白水社ビルの奥にあった。お客さんからよく“店まで行かんくても、このビル入ったら輸入盤の匂いがする”って言われてた」

 東京の店はというと、今のような観光地化された雰囲気とは大きく異なる、感度の高いセレクトショップなどが集まる街だった竹下通り沿いにあった。「面白いのは東京と大阪で扱っているレコードのセレクションが全然違っていたところ」と森本さんは言う。というのも「メロディハウス」では各々のショップの店長がバイヤーとしての役割も担っていたかららしい。

「原宿店は結構日本のロックなんかも置かれていた。飯田くんっていう店長はSSW(シンガーソングライター)系が好きやったからかな。自分はジャズとかAORみたいなアーバンな曲が好きでそういうのを積極的に扱ってると、あの頃ポパイとかが出てきた時代っていうのも相まってアメリカかぶれが多かったから結構ウケたんよ。しかも店があったミナミはサーファーばっかりでみんな思考がアメリカ至上主義。東京からもサーファーがよく来てくれてた」

「会社が輸入盤の卸屋やからもちろんなんでも扱ってた。週二回新譜が入ってきてたんやけど、常連はもう入荷日が分かっていて、店頭に出す前から段ボール漁ったりするんよね(笑)特に75年頃にハワイ帰りのお客さんに教えてもらって取り寄せたセシリオ&カポノと、カラパナのファーストアルバムが口コミであっという間に広まって、売れに売れた。僕がバックミュージシャン好きやったからか、“ドラマーのスティーブ・ガットがクレジットにあるLPが入ったら欲しい”みたいな依頼もいっぱいあって。そういうハワイアンやAORのダントツで早い入荷が『メロディハウス』の世界観を決定付けたように思う。マリーナ・ショーと友達になって彼女がお店に来てくれたり、ディック・セント・ニクラウスというミュージシャンを大阪の店から売り出したり。まぁいろいろありましたわ」

 マリーナ・ショーは森本さんに会うたびに「クジラの味を教えてくれたのはあなたよ」と言うらしい。セレクトは言わずもがな、顧客も、レジェンダリーなアーティストらも、皆が森本さんを頼って『メロディハウス』に訪れているのだ。

現在の店に飾られたスティービー・ワンダーとボブ・マーリーのツーショットは『メロディハウス』時代からある写真。
クインシー・ジョーンズを描いたアートも共にして40年以上になる。なんとなんと、あの横尾忠則の作品らしい(!)

 若者はもちろん、日本・世界を問わず著名人、アーティストの来店も頻繁にあった人気店は1982年に突如としてクローズしてしまう。「働いている連中それぞれの独立志向が強くなっていった」という。大阪で店長を務め、全国から広く慕われていた森本さんがそのまま店を受け継ぐかたちになり、名を『ザ・メロディ』と新たに、歩みを止めることなく続けていくように――。

後編へ続く

インフォメーション

The MELODY.

1973年から東京と大阪で人気を博したレコード店『メロディハウス』を前身に持つ、『ザ・メロディ』。店内では目利きの新譜CDは無論、ハワイアンコーヒー、ハワイアンビール、トロピカルジュース、ソフトカクテルなどを提供。ライブも頻繁に開催。◎大阪市中央区東心斎橋1-14-19 三河ビル ☎︎06・6252・6477 14:3022:00(日・祝日~21:00)不定休


Official Website
http://home.att.ne.jp/blue/mel/
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