カルチャー
【#4】オルタナティヴ編集手帖 – 浦島太郎・フロム・アナザー・プラネット(後編) –
2022年6月25日
photo & text: Kosuke Ide
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ロンドン滞在記の続き。
引き続きプラチナ・ジュビリーで街はたいへん盛り上がっている。英国旗柄のワンピースを着たおばあさんとか、帽子に自分で「ER Ⅱ」(エリザベス2世のイニシャル、“R”はラテン語で「女王」を意味する“regina”から)と刺繍してる人がいたり。愛されておられる。
天気も良いし、街に漂う何となく浮足立ったムードに誘われて、散歩に出かける。以前から行ってみたいと思っていた書店があったのだ。クラーケンウェルにある「magCulture」は、この現代においては世界でも稀なる“雑誌専門店”。と言っても、ここには『GQ』とか『ELLE』とかそういう雑誌は並んでいない。もちろん『Newsweek』とか『Forbes』も売ってない。この店が取り扱うのは、もっと文化的で、かっこよくてお洒落だったり、ちょっとマイナーでエッジーな内容だったりする、多くはインディペンデントな版元が発行する雑誌の数々だ。そして、僕が編集人として携わっている『Subsequence』という雑誌を仕入れ、販売してくれているということもあり、一度その店舗を訪れてみたいと思っていたのだ。
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トレンディでヒップなエリアの少し外れにある、静かな通りに面してその店はあった。看板に堂々と記された「We love magazines」のコピーが泣かせるぜ。店内には、世界中から集められたさまざまな雑誌が所狭しと並んでいる。元々は同名の雑誌レビューサイトを運営していた編集者のジェレミー・レズリー氏が、2015年にリアル店舗としてオープンさせたという。何というか、インディ系のレコードショップみたいなムードというのか、とにかく「紙の雑誌が好き」という思いがそこかしこから伝わってくる、小さくて素敵な店だ。
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壁一面の書架に面出しされた雑誌の表紙を眺めていたら、そこに本誌『ポパイ』も堂々と鎮座しているじゃないか。少部数のリトルプレス的な媒体が多い中、日本のいわゆる「商業誌」で扱われているのは『ポパイ』だけだった。実際、ロンドンでも『ポパイ』を知っている人に出会うことは少なくない(もちろん“ある種”の人たちに限られるけど)。こうした店で買って読んで(眺めて)くれているのだろうか。
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『Subsequence』が見当たらなかったので、スタッフの女性に尋ねてみる。
「あのーすみません、『Subsequence』はある?」
「ごめんなさい。売り切れなの。でも、もうすぐ新しい号が出るって聞いてるけど」
「あ、いや、えーと、実はそれを今作ってるんだ」
「あら、あなたが? そうなんだ! 待ってるから、頑張って。とっても美しい雑誌よね。ミシンで中綴じしているところが好き」
「ありがとう、頑張ります。また完成したらぜひ見てみて」
米テキサス発のインディなネイチャートラベル誌『JUNGLE JOURNAL』ほか数冊の雑誌を買って店を出たら、すぐ向かいの通り沿いに「フィガロ」が停まっていた。ついさっき「MagCulture」で見た『ポパイ』6月号の中で特集した、伝説の日産“パイクカー”シリーズのひとつ。1980年代半ば~90年代初頭のバブル時代、経済的にも文化的にもある種のピークを迎えていた日本でしか生まれ得なかった、雑貨感覚のシティポップ・カーである。実はこのフィガロが海外の国々、特にイギリスで今も高い人気があり、現地オーナーズクラブまで存在するという情報は聞いてはいたが、実際に目の当たりにしてみるとなかなか感慨深い。確かにこんなコンセプトの車は世界中のどこにもないだろう。この21世紀においても残存率が恐ろしく高いという同車の存在に、さまざまなヒントがあるという気がする。
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数日の間、街をほっつき歩いて、ついに最終日を迎える。激狭ホテルと別れの門出、一階の隅にある、ほとんど銭湯の番台みたいな極小空間に設えたフロントカウンターの向こうに、おそらくジャマイカ系と思しきファンキーな風貌の青年が退屈そうに座っていた。
チェックアウト後に少し出かけたいのでラゲッジを2つ預かって欲しいと頼むと、「荷物ひとつにつき20ポンド」だという。20ポンドというと、約3,500円! 高え。とりあえず僕の荷物はひとつが小さいからとか何とか交渉して合計20ポンドにしてもらう。
「見て分かる通り、このホテルは小さい。だからクロークのようなスペースはなくて、預かった荷物は客室で保管するんだ。だけど今日は予約が満杯だから、15時のチェックイン時刻までにピックアップに来てもらわないといけない」
「わかった、14時半には戻れるよ」
「OK、わかった。必ずだぜ」
部屋を出る前に、また彼と目があって、「15時まで、絶対だよ」と念を押された。
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ホテルを出て東へ向かい、ショーディッチ・ハイストリート駅方面へ歩くこと10分、古着屋が多く並ぶブリックレーン通りにある「Brick Lane Beigel Bake」へ。昔ロンドンに住んでいたことのある友人が教えてくれたこのユダヤ系ベーグル屋は、変化の激しいこのエリアで半世紀近くもまったく変わらぬ姿を留める、“イーストロンドンの良心”“のような店。イスラエル移民の兄弟らが74年に創業し、故郷の伝統的なレシピで作ったベーグルやチーズケーキなどをずっと売り続けている。ファサードに掲げられた「HOT BEIGELS ALL NIGHT」の看板どおり、このパンデミック以前には「年中無休&24時間営業」だったというからすごい。まだランチには少々早い時間にも関わらず、次々と老若男女の客が店内に吸い込まれていく地元の人気店だ。
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名物は「ソルトビーフ・ベーグルサンド」。釜でしっかり塩茹でした極厚ビーフの切り身と巨大なピクルス、たっぷりのマスタードを自慢のベーグルに挟んだその味は、ルックスどおり異次元のワイルドさで、食の細いエイジアンには到底食べきれず(友人曰く「飲んだ後のラーメンみたいな感じ」とは言い得て妙)。数十年もまったく変わらぬロンドンっ子たちの愛するソウル・フードと言えるこのベーグルサンドではあるが、数年前までひとつ3.7ポンドだったのがすでに5.7ポンドにまで値上がりしていた。Big Brotherにお目こぼしはない。
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電車を乗り継いでバービカンまで行き、「バービカンセンター」で開催中の戦後イギリスの美術を振り返る興味深い展覧会「Postwar Modern New Art in Britain 1945-1965」を観た後、カフェで少し休憩して、夕方の帰国便に間に合うよう30分ほど歩いてホテル戻ると、ちょうど時刻が14時半。フロントに行くと、さっきのジャマイカンの青年がこちらの姿を認めるなり目を丸くして「WOW、あんたはすごい。予告通り14時半きっかりに戻って来るなんて。信じられない。さすが日本人だ。“オネスト・マン”だ」とやたらに感心するのでおかしかった。
「ちょっと荷物を整理したいから、少しだけ部屋を借りててもいいかな?」
「もちろんだ! いくらでも好きなように使ってくれていいよ。だけど、ベッドだけは汚さないで。約束だよ。おっと、そんな心配はいらないな。俺には分かっているんだ。あんたは絶対そんなことはしない。あんたは日本人、“オネスト・マン”だからな」
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