TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
CULTURE

【#2】オルタナティヴ編集手帖 – インタビューの祝祭(後編) –

2022.05.30(Mon)

インタビューについて、の続き。

 インタビューという行為は人間同士の対話であるからして、実のところ道具は何も必要ない。ないのだけど、ライターは後にその会話を文字として“再現”し、文章を綴らなければならない。その執筆作業のために、この内容を何らかの形で記録しておく必要がある。現代の記者なら、ほとんどの人がいわゆる「ICレコーダー」の類かiPhoneのボイスメモを利用して、音声をデジタルデータとして保存しているだろう。それ以前の時代にはアナログのテープレコーダーを使っており、いわゆる「カセットテープ」で録音していた。僕も確か2007年ごろに移行した気がする。

 前回もとりあげた『インタヴューズ』(文藝春秋社)の序文によると、テープレコーダーの発明以前は、インタビュアーは記憶を頼りに原稿を書くのが普通だったらしい。何と当時は「メモを取ることさえ下品で不快なことだと考える者もいた」というから面白い。19世紀末イギリスの名インタビュアー、W.T.ステッドは一切メモを取らず、取材から帰るとすぐに記憶を辿って原稿を書くかタイプする、というハーコーなスタイルを貫いたという。当時のジャーナリストたちにとって、超人的な記憶力は必須のスキルだった。

 テープレコーダーが普及し始めた頃も、その使用を望まないジャーナリストは少なくなかったようで、トルーマン・カポーティはこんな風にも語っている。「テープレコーダーの使用は間違いだ。なぜならそれを持ち出した瞬間に相手に警戒心が生まれて、リラックスした気分がけしとんでしまうからである」。

 しかしその後、新聞雑誌などのメディアが、取材相手からの名誉毀損訴訟に備えて、ジャーナリストに対してインタビューの録音を義務付けるようになった。『ロンドン・オブザーヴァー』のジャーナリスト、ケネス・ハリスもまた驚異的な記憶力の持ち主で、「テープレコーダーの使用はインタビュー相手を抑圧する」という考えだったが、結局はメディア側の圧力に屈し、この便利な機械のおかげで自慢の記憶力を衰えさせる結果になったという。ちなみに、大ベテランの映画評論家・山根貞男さんは取材時に録音媒体を使わない(メモのみ)と仄聞したことがある。かっこいいぜ。

 インタビューの「録音」をめぐっては、インタビューイとインタビュアーとの間にさまざまな軋轢を生じさせてきた。まず当然のことながら、インタビューした際の会話をすべて逐語的に文字起こししていたのでは、限りある誌面のスペースに原稿が収まるはずもない。よって、ライターはその内容を一定の長さにまとめ、読者が容易に理解できるような形に“編集”する必要がある。そこで、いわゆる「意訳」的な文章化の作業が施される。このプロセスこそが、さまざまな齟齬が生まれる元凶であることは間違いない。「言った/言わない」の水掛け論が勃発する火種はそこら中にある。

 アメリカの喜劇俳優グルーチョ・マルクスは取材時、記者に対して「たとえ1万ドルくれると言われてもテープレコーダーを使わせない」と禁止し、映画監督ロマン・ポランスキーはインタビュアーが正確な記事を書くかどうかを確かめるため、自分用のレコーダーを用意して2台で別々に録音することを要求したという。ライターにとっては嫌な汗が出るようなエピソードだが、僕らはそれだけセンシティブな素材を取り扱っているという自覚が必要なのだろう。自戒を込めて。

 テープレコーダーの普及がもたらしたのは、「Q&A」方式のインタビュー原稿の流行だった。このスタイルを最初に大きく取り入れ、毎月連載にしたのは米『プレイボーイ』誌で、その第一回は1962年9月号のマイルス・デイビスのインタビューだったそうだ。インタビューイとインタビュアーの生々しいやり取りをそのまま文にするQ&A方式は、彼らの対話をすぐ隣りに居て聞いているような、生々しいリアリティがある――と言っても、同誌のそれもやはりたいていの場合は、複数回にわたってインタビューしたものをひとつにまとめた、編集された記録だった。

 一方で、「Q&A方式は書き手のアングルや個人的な見解の入り込む余地が少なく、無味乾燥な記事に陥りやすい」というデメリットも、ジャーナリストによって指摘されてきた。確かに、記述式(会話以外の、いわゆる「地の文」がある)で書かれた、読むほどに書き手の個性が伝わってくるような原稿は面白い。それは本誌『ポパイ』が創刊から半世紀近く守り続ける“伝統”でもある……にもかかわらず。それとは真反対とも言える“取って出し”の素材を味わいたくなる日が、月に3日はある。中でも僕が知るその「究極」と言えるのが、webサイト「日本美術オーラルヒストリーアーカイヴ」である。

 篠原有司男、荒川修作、久保田成子、東松照明、磯崎新、靉嘔など主に60年代以後の日本の美術を支えてきた多くの美術家、写真家をはじめ、批評家やキュレーターなど美術関係者へ長時間にわたる聞き取り調査を行い、でき得る限り細部のディテールまでを後世に残す。そんな徹底的な「記録」を企図したコンセプトだけに、その内容はほとんど編集を放棄したかのようなインタビューの「テープ起こしまんま」といった趣の文(ただし校正などは施されているので、意図的なものだろう)が、ひたすら長大に掲載されている(どこまでスクロールするのか不安になってくるほどだ)。とにかくこの「味付け一切なし」な感じがイイ。何というか、余白がある。「簡単・簡潔・わかりやすい」が正義とされるこの現代社会に、この暴力的なまでの「ノー編集」のカオスに心惹かれる。時間がある時(なくても)、これをダラダラと読み続けるのは至福の時間なのである。

プロフィール

井出幸亮

いで・こうすけ|編集者。1975年大阪府生まれ。POPEYE Webシニアエディター。古今東西のアーツ&クラフツを扱う雑誌『Subsequence』(cubism inc.)編集長でもある。本誌『POPEYE』(マガジンハウス)、『工芸青花』(新潮社)などさまざまな媒体で編集・執筆活動中。主な編集仕事に『ズームイン! 服』(坂口恭平著/マガジンハウス)、『ミヒャエル・エンデが教えてくれたこと』(新潮社)、『細野観光 1969-2021 細野晴臣デビュー50周年記念展オフィシャルカタログ』(朝日新聞社)など。著書に『アラスカへ行きたい』(新潮社、石塚元太良との共著)がある。
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