フード
私のBEST3DISHES/滝沢カレン(2皿目)
『日本橋 千疋屋総本店』のフルーツサンド
2021年11月16日
text: Karen Takizawa
photo: Naoto Date
illustration: Adrian Hogan
edit: Minori Kitamura
本誌連載「私のBEST 3 DISHES」にて、思い出の3皿を紹介してくれた滝沢カレンさん。
実はページから溢れるほどの超大作を書いてくれたので、ウェブでは特別に全文を公開。
2皿目は『日本橋 千疋屋総本店』のフルーツサンド。
子供の頃、週に一度おばあちゃんとデパートへ行く日があった。
おしゃれが大好きなおばあちゃんは、私にとって大の自慢だった。
ベリーショートな髪型に、首元にはスカーフ、胸元にはブローチを合わせていた。
指輪はいつもモダンで、メイクも丁寧で、自分が頭で想像しているおばあちゃんではなかった。
だから、おばあちゃんとのお出かけは好きだった。
脳裏に焼き付くほど、早歩きでせっかちなおばあちゃんの横を歩くのはなかなか体力と根気が必要だった。
2人でお出かけなんだから横で話でもしながらぶらりするのが、普通じゃないのだろうか?
今更、疑問に思う。
あの時は、当たり前のようにおばあちゃんの5メートル後ろを必死に、見失わないように歩いていた。
きっと、皆さんが想像しているよりずっとずっと速い。
歩きながらお話ししようなんて、もってのほかだ。
目的地に向かって一目散なおばあちゃんだった。
足を止めてくれるのは、デパートに並ぶ綺麗なお洋服と途中階にあるカフェだけ。
おばあちゃんは途中階にあるお店がとにかく好きだった。
「美味しいんだよここ!」といつも私に教えてくれた。
子供の私は、レストラン階にある大衆レストランのハンバーグやオムライスが食べたくて仕方なかった。
でもおばあちゃんが、お昼ご飯でレストラン階へ行くことはほとんどなかった。
途中階に、しかも洋服屋さんに挟まれた思いも寄らない場所にあるカフェがとにかく好きだった。
だいたい、デパートの開店と同時に入り
午前中はおばあちゃんのお買い物、午後はついてきたご褒美にと、
私の好きなところへついてきてくれる時間を一時間ほどもらえた。
そして、最後はデパ地下で食材を買って帰宅。
これがお決まりコースだ。
バーゲンの時期になるとややコースは乱れる。
そんなおばあちゃんがお昼の小腹をよく満たしていたのは、千疋屋のフルーツサンドだった。
もちろん途中階の。
もう歩き疲れた私にしたらどこでもいいから早く座りたくて、何か食べたくて、
お昼休憩ができる!という嬉しさが勝っていた。
座席に案内され、お尻をどっと椅子に任せる。
ここで初めて、おばあちゃんの顔をゆっくり見れた。
薄く漂うおばあちゃんの香水の香りに安心する自分がいる。
おばあちゃんはメニュー選びもなんせせっかちだ。
何に急いでいるのか。
メニューを前日予習してきたのかと思うほど、早々と食べる物を決断すると、
首を傾げながらじっと私を見つめ”早く決めなさい”と言葉にしない圧をかけてくる。
最後のページまで見ることなく閉じるのは、よくあることだ。
そして結局、「おばあちゃんと一緒でいい」。
これが宝の山ほどあるメニューの中から絞り出した私の選択。
これにも慣れていた。
それに、おばあちゃんと同じにすれば間違いない、という分厚い信頼が、私には昔から根強くあった。
おばあちゃんと私の目の前に並ぶ、ご丁寧にカットされた三角山のフルーツサンド。
上品なほど薄くカットされ、優しい生クリームに包まれたイチゴやキウイたち。
それはそれは食べやすい、片手サイズのサンドウィッチだった。
まずは目で眺めていたい、と思うほど美しい。
ただ前を見ると、おばあちゃんはもう2切れぐらい食べている。
食べている最中は滅多に話さない。
話しかけても「ご飯を食べてから」と言われていた。
賑やかな店内で、沈黙のフルーツサンドをいただく私たち。
一体周りからどう思われていたのだろう。
でも忘れられない。
フルーツサンドを食べるおばあちゃんは、目を瞑りながら、何度も何度も頷きながら食べていた。
これは、おばあちゃんが紛れもなく”ほんとに美味しいね”と私に伝えてくれている証拠だ。
一瞬にしてお皿をハダカにしたおばあちゃんは、笑顔でこっちを見ていた。
私が食べるのをゆっくり待ってくれていた。
そう思っていると、おばあちゃんは目の前にいる私に手招きをしてきた。
私は少し身体を乗り出し耳を貸すと、こうつぶやく。
「お客さんがたくさん並んでるから、さっさと食べて出るわよ」
おばあちゃんはそういう人だ。
「私たちは人間の底辺なのよ」が口癖のおばあちゃんは、
いつも周りを見て、誰かを困らせたり迷惑をかけない行動を大切にしていた。
だから、私たちのせいで他の誰かが座席に座れないなんて、おばあちゃんからしたらありえない。
私もおばあちゃんが言ったことは絶対だ。
繊細なサンドウィッチには似合わない、ものすごい勢いで頬張った。
口の中は、大人の遊園地から子供の遊園地へと景色を変えた。
口をもぐもぐさせていると、おばあちゃんは出口でお会計をしていた。
いつだってせっかちで、口数も少ないおばあちゃんだけど、私に教えてくれる味は一流においしかったし、
おばあちゃんが厳しくしてくれたことはすべて、大人になった私のためになっている。
おばあちゃんが大好きだったファッション、私もいま、何より大好きだ。
カフェでお茶をしながら、ゆっくりおしゃべりなんてことも実はしてみたかったけれど、
きっとこのスタイルが、私のおばあちゃんなのだ。
だからいまも、デパートへ行くと途中階のカフェを探してしまう。 おばあちゃんとのたくさんの思い出を。
文・滝沢カレン
すべてが計算し尽くされた
フルーツサンド界のキング。
『日本橋 千疋屋総本店』のフルーツサンド
イチゴ、キウイ、パパイア、パイナップルが同じ薄さにカットされ、4種がバランス良く共存。あえて甘さと量を控えたホイップクリームと、ほのかに塩味のあるパンが主役のフレッシュな果物を引き立てる。¥1,485
インフォメーション
日本橋 千疋屋総本店
東京都中央区日本橋室町2-1-2 2F ☎03·3241·0877 11:00~21:00 無休 ※写真は日本橋本店
プロフィール
滝沢カレン
たきざわ・かれん|1992年、東京都生まれ。雑誌『Oggi』の専属モデルを務める傍ら、日本テレビ系『沸騰ワード10』やフジテレビ『全力!脱力タイムズ』へのレギュラー出演を筆頭にタレントとしても活躍。11月19日より公開の映画『土竜の唄 FINAL』には沙門夕磨役で出演。
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