ライフスタイル
妻のこと Vol.3 – 爆弾製造妻 –
【#3】妻のこと / 爆弾製造妻
2021年3月18日
photo & text :Ryohei Kamide
我が家のキッチンの片隅に、ホーロー製の大ぶりな容器が置かれている。
白い地に青の縁取りが可愛らしい、容量10リットルくらいの立派なものだ。
しかしこの蓋が開かれる日は来ない。少なくとも今世紀中には開かれない。
なぜならそれは、妻が丹精込めて作り上げた、恐怖の味噌爆弾だからだ。
妻は思い立つ。
「私は絵を描きたい」
あっという間にイーゼルや純白のキャンバスが届く。
妻は思い立つ。
「私の趣味は音楽だ」
楽器屋へ行き、ギターを買う。
妻は思い立つ。
「登山にはカメラがつきものだ」
カメラを競り落とす。
妻は思い立つ。
「裁縫をすれば楽しい上に倹約できる」
ミシン以下同文。
絵の具や楽器やカメラやミシンがリビングを占拠していくのは構わない。
いつか本当に没頭する日が来るかもしれないし、どうしてもダメなら誰かにあげれば良い。
しかし妻は思い立ってしまった。
「私は味噌を作りたい」
キッチンに置いてもサマになる立派なホーローの容器を取り寄せ、味噌づくりに必要な材料を買い揃える。
容器いっぱいに味噌の原料を詰め込むと、チューブのワサビをにゅるりと出して将来の味噌の上に置いた。
「こうするとカビないんだって」
蓋を閉めながら訳知り顔で妻は言った。
それから何年経っただろう。
ホーローの容器はワサビを添えられ蓋をされたあの日から全く変わらぬ顔でそこに佇んでいる。
その蓋を開ける素振りを見せようものなら、妻は鬼の形相で駆けてきて僕を制圧する。
それは爆弾処理班の剣幕だ。
妻の居ぬ間に覗いてみようかとも思ったが気が引けた。
こんもりと茂ったカビが現れるのだろうか。
それともガッチリと干からびて土塊のようになっているのだろうか。
はたまた熟成された極上の味噌になっているのだろうか。
多分、妻は知っている。
中で起っている惨事を知っていて、そこにそのままにしている。
罪である。
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上出遼平
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