TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】ない記憶の降る積もる街

執筆:濵本奏

2026年10月24日

私の実家は大阪にある。
両親が転勤の都合で約十年前に借り始めた一軒家。私はその家に住んだことがない。
だから、実家と言っても実感が湧かない家だ。

先日、京都での用事のついでに実家に寄ることにした。
梅田駅から阪急電車に揺られながら家に向かう。このオリーブ色の、ふかふかのシートが好きだ。
強烈な西陽が淀川の水面に反射して、眼球に突き刺さる。そういえば、この電車に乗るときはいつもこんな陽射しだな、と思う。記憶の中の阪急電車の車窓は、いつだって眩しい。
目の前の3人の小学生はランドセルを背負ったままで、座席に浅く腰掛けている。彼らは自己流ゾンビゲームのルール決めに忙しそうだ。「もしゾンビに噛まれて2メートルに巨大化した場合、生存者のバリアは有効かどうか」について、白熱した議論をしていた。ゾンビになった上に巨大化されたら勝ち目ないやろ、と、脳内で突っ込んでいると、ふと次の駅のアナウンスが耳に入った。議論の行く末を見守るあまり、とっくに家の最寄駅を通り過ぎてしまっていた。
とりあえず降りようと席を立つと、3人組も立ち上がった。
そのうちの一人が、まだ駅に着いていないのに電車のドアを両手で開けようとして、あとの2人の笑いをさらった。

駅に着き、開いたドアを駆け抜けていくランドセル。
この駅では2人しか降りないらしい。残る一人は、わざわざ一緒に席を立って、ドアをこじ開けるパントマイムを披露したようだった。
私は、移動中に読もうと思って鞄にしまっていた本に手を伸ばす間もなく、彼らのやりとりを眺めていた。この世で自分しか目撃していないんじゃないかと思うような瞬間は美しい。こうして言葉にして、世界に知らせたくなる。

小学生に続いてホームに降りた私は、乗り過ごした数駅分を戻るために反対側のホームの電車に乗り、今度こそ実家の最寄り駅で下車した。
駅から家の方面へと続く商店街では、沈みかけた太陽に照らされて、駐輪場に並んだ自転車のハンドルや、道ゆく人々の旋毛が金色に光っている。
ここで育っていたらどんな登下校を過ごしていたのだろう。そんなことを空想しながら、私にはない記憶とない足跡を踏みしめて帰った。

プロフィール

濵本奏

はまもと・かなで|2000年生まれ。壊れたカメラでの撮影や、フィールドレコーディングなど複数の手法を横断し、即興的な写真展示や個人出版を通じて、人間・非人間・場所の空白に残る「記憶」を記録している。2025年に個人レーベル「真珠出版」を立ち上げ、同年に写真集『ー・・』を刊行。

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