TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】「MOKUHON PRESS」

執筆:土屋誠

2025年9月26日

山梨に戻って10年が経ったある日。
とある小さなギャラリーで見た展示に、人生を動かされることになる。
それは東京の大きな美術館でもなく、山梨県立美術館でもなく(ミレーの展示は素晴らしいので皆さんに見てもらいたいけど)、北杜市を流れる塩川の谷あいの集落に静かに佇むOn the riverという場所で開かれていた「父のつくったものたち」と名付けられた展示だ。
その展示を見た帰り道、今まで感じたことのないような、ざわめきのような感情が、胸の奥に生まれたことを今もはっきりと覚えている。

On the riverは造形作家・マスミツケンタロウさんと料理家・セトキョウコさん、息子さんの和玖くんの暮らしの場でありアトリエでもある。
「父のつくったものたち」の展示は、マスミツさんが息子のために生まれてから小学校を卒業するまでに作ったもの、その名の通り“父がつくったもの”たちの展示だった。

ファーストシューズにはじまり、遊び道具、ユニクロのダウンベストに施した革の象、そしてランドセルまで自作して、しっかりと使い込まれていた。
それぞれにキャプションもついていて、当時を振り返ってマスミツさんが書いた文章は、息子への眼差しと茶目っ気にあふれていた。
父が子どものためにつくったものの展示でなぜここまで感情を揺さぶられたのか、その時はわからなかった。
去り際に僕は、ギャラリーにあったノートに「本みたいな展示でした」と書き記していた。

展示の余韻はしばらく残り、感情の揺らぎが何かを自分でも突き止めようとしていた。
言葉にするならば、その感情はオレンジ色の生暖かい炎のような揺らぎがある。ん、まてよ。内から出てきてないか、この感情。さらに心の声に耳を傾けてみる。
「あんなに素晴らしい展示がもう二度と見られないなんて…。あぁ、みんなにも伝えたい。もっと多くの人にこの展示の素晴らしさを伝えたい…」
そう思ったらやれることはひとつ。「本みたいな展示」を「本にする」ということだ。
以前の連載にも書いたけど、伝えるって大事だから。

たぶんその決意は展示が終わって一ヶ月も経っていなかったと思う。
おそるおそるマスミツさんにメールをして、思ったことをすべて打ち明けた。
マスミツさんは自分の作品集的な本を作るのは違うと思っていたようだけれど、この展示を本にとして再編集することには賛成してくれた。さらに本のために暮らしや物づくりに対する想いも書き綴ってくれた。
そうして完成した「recollection 父のつくったものたち」。サブタイトルで「recollection」を追加した。「回想」や「追憶」を意味する言葉。
展示を見たことで、父という存在が自分の記憶にも介入し、自分の父、自分の子ども(ぼくも父だ)となにかリンクすることがあったからなのかもしれない。

和玖くんには、展示にはなかった「父さんへ」というアンサーレターを書いてもらった。本に載せるにあたり一発オッケーのその手紙は、読まれることも意識されつつ、子どもならではの無垢さも兼ね備えていて、初見で泣いた……。

兎にも角にも、小さなギャラリーの展示は本になり多くの人のもとに旅立つこととなった。
「父のつくったものたち」展は、ぼくに小さな一人出版社をつくる勇気を与えてくれた。これからも、そんな誰かの背中を押せるような本を作っていきたいと思わせてくれた。
こんな経験ができるなんて、ほんとうにありがたいことだと心の底から思う。
MOKUHONは、木本、つまり木のこと。これからも本を作っていくことで、地域に根を張り大きな木のように葉をつけ誰かの木陰をつくりたい。そんな祈りをこめて。

そして一人出版社を起こしてから1年。縁あって出会った建物で、新刊本屋を開くことになった。

(つづく)

インフォメーション

土屋 誠

つちや・まこと(本屋YOMU店主)|1979年生まれ、編集者&アートディレクター。やまなしの人や暮らしを伝えるをテーマに山梨県で伝える仕事をしています。2024年にひとり出版社のMOKUHON PRESSを立ち上げ、2025年には新刊書店のYOMUをオープン

BEEK
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MOKUHON PRESS
https://mokuhonpress.stores.jp

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