カルチャー
二十歳のとき、何をしていたか?/U-zhaan
2025年9月11日
photo: Takeshi Abe
text: Neo Iida
2025年10月 942号初出
デパートの催場で出合ったタブラ。
「どうせ行くなら早いほうがいい」
と思い、ひとりコルカタに飛んだ。
中学では吹奏楽部、
高校で突如ラグビー部へ。
北インドの打楽器〝タブラ”の奏者であり、ベンガル料理に詳しく、ボリュームのあるパーマヘアがトレードマーク。テレビや雑誌でも見かけるから勝手に親しみを覚えていたけれど、ユザーンさんの音楽家としての出発点が知りたくなった。
「二十歳のときは、大半をインドのコルカタで過ごしました。それより少し前、18歳のときに『まるひろ 川越店』の民芸品フェアでタブラを買って、タブラの修業のためにインドへ行ったんです」
タブラと出合ったのは、川越のデパートだったんだ! 地元で過ごした幼少期、ユザーンさんはどんな子供だったんだろう。
「外で遊ぶよりは家で本や漫画を読んでいるほうが好きだったかな。小学生のときは川越市の少年少女合唱団に入っていて、毎週土曜はそれの練習日でしたね。テナーやバスといった男声パートはなかったので、変声期を迎えたときに退団しました」
小学校にあった金管バンドにも参加したいなと思ったけれど、練習の曜日が合唱団と重なっていて叶わなかった。だから中学で吹奏楽部に入部。パートはユーフォニアム。チューバを小型にしたような楽器で、左腕で抱えて演奏をする。
「本当はトランペットが吹きたかったんです。でもその頃歯の矯正をしていたので、トランペットのマウスピースを口に押し付けると装置が当たって痛くて。もうちょっとマウスピースが大きい楽器にしようとユーフォニアムを選んだけど、それでもやっぱり痛い。矯正が取れる中1の終わりくらいまでは練習が辛かったです」
サッカーや野球といったスポーツには興味が湧かなかったのだろうか。
「もちろん興味ありましたよ。もし僕に球技の才能があったら絶対そっちをやってたはず。ただ、運動神経が全然なかったですからね。ミュージシャンに『もしサッカーが異常にうまかったとしても音楽やってた?』って聞いたら『そりゃサッカーやるでしょ』って答える人は多いと思います」
とは言いながらも、高校に上がったタイミングで、ユザーンさんは運動部に所属してみようと思い立つ。なんとラグビー部に入部したのだ。
「今さらサッカーや野球を始めても追いつける気がしないけど、中学の部活にはなかったようなスポーツなら自分にもチャンスがあるかもと思ってラグビーを選びました。そして入部早々、その考えが甘かったことを知って。ラグビー部に入ろうとする生徒なんて、すでに基礎体力が身についてるんですよね。投げる蹴るみたいな能力も高校入学までにバスケやサッカーで培ってきちゃってる人たちばかりだった。僕は今より体も小さかったし、先輩にぶつかってはふっ飛ばされて。しんど過ぎて半年もしないうちに退部しました」
ラグビー部を辞めてからは学校と家を往復し、テレビゲームをしたりギターを弾いたり。男子校へ通っていたため基本的に男子にしか会わないので、ファッションなどへの興味もあまり育たなかったという。
AT THE AGE OF 20
写真はコルカタに滞在していた、二十歳のときの細い細いユザーンさんとオニンド・チャタルジー先生。今でこそベンガル料理に精通し、スパイスを駆使して何でも作ってしまうユザーンさんだけれど、当時はその味がわからなかったそう。「下宿は料理付きだったんですけど、ベンガル料理というのは一般の家庭料理であって、当時はあんまり美味しいと思えなくて。でも大学で1年コルカタに行ったあとも定期的に通う生活を10年も続けていたら、だんだん味がわかるようになったんです」
タブラの多彩な音色にやられ、
奏者を目指しコルカタへ。
そして大学に進学した1年目の夏。近所の「まるひろ 川越店」で開催されていた民芸品フェアを覗いた父親が「なんか楽器も売ってたぞ」と教えてくれた。興味が湧いて5階の催場に行くと、民族楽器を販売するコーナーを発見。そこにあったのがタブラだった。
「『タモリの音楽は世界だ』っていうテレビ番組で見たことがあったんですよね。『この楽器を演奏するときにあるものを使うんですが、さてそれは何でしょう?』みたいなクイズが出て、答えは『ベビーパウダー』だったという記憶があります。ビートルズが好きだったからタブラの音は聴いたことがあったはずですが、当時の僕の頭では結び付いていませんでした。で、タブラを買ってみようかなと思ったんですけど、なぜか店員さんから『タブラよりディジュリドゥはどう? 4年後にオーストラリアでオリンピックがあるし、これから絶対に流行るから』ってすごく勧められて。ディジュリドゥっていうのはアボリジニの管楽器で、白アリに食われて筒状になったユーカリの木から作られるらしいんですが、僕が欲しかったのは筒じゃなくて太鼓なんでタブラのほうを買いました」
実は購入の目的はインテリア。見た目が気に入り、部屋に飾っていたそう。でもそのうちに「どんな音がするのか」と気になってきて再度「まるひろ 川越店」へ行き、今もテナントに入っている山野楽器でタブラの演奏が収録されたCDを買ってみた。
「聴いてみたら、タブラのソロ演奏のはずなのにやたらといろんな音が鳴っていて。これはクレジットが間違ってるんだろうなと思っていたけど、本当に全部タブラの音だったということを後になって知りました。音があまりにも多彩なので、何種もの楽器を使って緻密なアンサンブルをしているとしか思えなかったんです」
インターネットでタブラを習える場所を探し、荻窪にあった教室へ通い始める。そこではタブラ以外にシタールなども教えていて、若い生徒もわりと多く、インド音楽演奏家の人脈も広がった。人前でタブラを演奏して収入を得る機会も増え始めたが、ユザーンさんはもっとうまく叩けるようになりたいという思いを強くする。
「そう考えたとき、インドに行く以外の道を見つけられなくて。若ければ若いほど上達が早いんだろうな、とはなんとなく感じていたので、どうせ行くなら早いほうがいいと思ったんです」
というわけで、二十歳の前半はインドに行くための準備期間になった。親にインド行きを許してもらい、大学には1年間の休学を申請。世界的なタブラ奏者であるオニンド・チャタルジーさんに師事することを決め、インドのコルカタへ。レッスン漬けの日々が始まるのかと思いきや……。
「先生が売れっ子過ぎて、ほとんどコルカタにいなかったんですよね。インド各地だけでなくヨーロッパ、北米などツアーに行きまくってて、習えるのは多くても月に3〜4回。兄弟弟子はたくさんいたから先生がいないときは彼らに習ったりもしていました。あとは語学ですね。なにしろ言葉が伝わらないと不便過ぎるので、最初の3週間ぐらいは徹底的に語学を勉強しました」
そんな二十歳のコルカタでの日々だが、思い出すのはよく寝ていたことだ。
「なぜか昼間から眠くて、10分練習したら眠くなるので20分寝る、みたいな感じ。今になって考えると、ものすごく集中してたのかもしれません。ベンガル語も気がついたらあっという間に喋れるようになっていたし、きっと二十歳のときの自分が人生の中でいちばん頑張っていたと思います」
もちろん大変なこともあったけれど、あの日々があるからこそ今があるとユザーンさんは言う。
「辛いことは多かったですよ。常に日本に帰りたかった。インドに着いた頃は、残り一年というのが永遠と同じくらいに感じましたからね。でも、あのときに頑張っていた自分のおかげで今もやっていけているんだと思っています。強烈にしんどかったけど、強烈に思い出深い1年でした」
プロフィール
ユザーン
ゆざーん|1977年、埼玉県生まれ。2000年から2010年までASA-CHANG&巡礼に参加し、2014年に初のソロアルバム『Tabla Rock Mountain』を発表。現在、11年ぶりとなるニューアルバム『Tabla Dhi, Tabla Dha』が好評発売中。
Official Website
https://u-zhaan.com/
取材メモ
思い出の地「まるひろ 川越店」で撮影を敢行。昨年リニューアルされて所々新しくなったけれど、建物には地域密着型デパートらしい温かみが残っている。社員さんにも知り合いがいるし、さらに撮影中にユザーンさんの友達のダンサーさんまで偶然訪れて、引き寄せ力すごい! 「丸広百貨店」の社長さんも着席して、即席でタブラを叩いてくれました。ちなみに18歳のときに2万5000円で買ったタブラは、大学の友人イイジマくんに同額で売ったそう。
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