TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#3】古着屋開業バキゴリスペシャル
執筆:春風亭昇羊
2025年6月25日
古着をもとめる際、極力ECサイトでは購入しないようにしている。足を使って出向いた店舗で魅力的な服を見つけときの興奮、試着して自分の身体に合ったときの愉悦。それらはインターネット上では味わえない。気に入ったものを見つけ昂った気持ちを店員と「これいいですね」「それいいですよね」と共有できる喜びも、蘊蓄を聞いて見聞を広げる楽しみも、実店舗だからこそ感じられる。店員との交流は、古着屋巡りの楽しみの一つである。
自室に掛かっている1940年代イタリア軍の大砲部隊のコート。このコートは、三軒茶屋で昨年オープンした『oval』という店で購入したもので、元々『AWASE』の店員だったアコさんと『militaria』の店員だったギリーさんが二人で開いた店だった。自分の店を持つため物件を探していた頃から話を聞いており、物件探しに難渋しながらも、念願叶って漸く店を開くことができたと聞いたときは、祝福の気持ちで胸が一杯になった。早速店を訪れると、すぐ目に入ったのがこのコートで、試着すると、とてもよい。その場にいた二人共このコートには愛着があったようで、それから三人で魅力を語り合ったり、交互に羽織っては褒め合ったり、買い付け時のエピソードを聞いたりしながら、愉快な時間を過ごした。購入を決断したあと、ギリーさんに「もう二度と羽織れないかもしれないので最後にもう一度羽織ってみてもいいですか」と頼まれ、「勿論です」と言って渡すと、羽織りながら鏡の前で嬉しそうにしている。その表情は私の脳裡に焼き付いた。
ある古着屋で、穴と汚れと染みだらけのジャケットに値がつけられて販売されていることに仰天した。却って興味を抱き手に取ると、店員が近寄ってきて「雰囲気ある系の服もお好きなんですか?」と話しかけられた。雰囲気ある系の服、という言葉に引っかかり、「あ、え、あ、まぁ、そうですね」と返答に詰まってしまった。雰囲気ある系の服があるということは雰囲気ない系の服もあるのだろうか。
似たような経験は別の店でもあり、オイル汚れ、得体の知れない染み、の付いたジャケットを「汚れも雰囲気として捉えていただける方にはお薦めです」と紹介されたことがある。そもそも雰囲気ってなんだ、と改めて考えさせられた。
語彙に引っかかることは今でもあり、滅多に出回らない古着で高価なものをスペシャル、まっさらに近い状態のものをバキバキ、年代の古いものをゴリゴリ、と呼ぶらしい。ということは私の師匠春風亭昇太はスペシャルであり、小遊三師匠の師匠、三遊亭遊三師匠はゴリゴリ、穴の空いた足袋を履いた新入り前座は、雰囲気ある系のバキバキなのである。
プロフィール
春風亭昇羊
しゅんぷうてい・しょうよう|1991年、神奈川県横浜市旭区出身。
2012年春風亭昇太に入門。
2016年二ツ目昇進。
2023年NHK新人落語大賞ファイナリスト。
10日間のヨーロッパ公演について綴った『ひつじ旅~落語家欧州紀行~』を2025年1月に出版。
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