TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】北イタリアの魂、トルテリーニの物語

執筆:片桐祐樹(Trattoria Annamaria)

2025年5月22日

トルテリーニ イン ブロード

日本ではまだ知名度が高いとは言えませんが、イタリアでは「知らない人はいない」と断言できるほど有名なパスタ、それがトルテリーニ(Tortellini)です。特にエミリア=ロマーニャ地方では、クリスマスに欠かせない伝統料理として、多くの家庭で食卓に並びます。

その発祥は、モデナ県カステルフランコ・エミリア。美食の都ボローニャと並び、イタリア人の郷愁を誘う地で、トルテリーニは何世代にもわたって受け継がれてきました。

詰め物(リピエノ)は、地方特産のモルタデッラ(ボローニャソーセージ)や生ハム、パルミジャーノ・レッジャーノ、ナツメグ、パン粉、卵、牛肉、豚肉など、素材の宝庫ともいえる内容で構成されています。その組み合わせやバランスは家庭ごとに異なり、祖母から母へ、母から娘へと伝えられる「家の味」があります。

トルテリーニ イン ブロード

食べ方にも伝統があります。丸鶏から取ったブロード(スープ)に浸していただくのが最も古典的なスタイル。一方、パルミジャーノのクリームソースで仕上げるのも人気のある食べ方で、どちらもトルテリーニの旨味を最大限に引き出します。

最近では、日本でもクリスマスの時期になるとトルテリーニを提供するレストランが増えてきましたが、Trattoria Annamariaではこのイタリアの味を年間を通じてお楽しみいただけます。なぜなら、私たちがこの料理にかける想いは、単なる季節限定の料理という枠を超えているからです。

トルテリーニは、一つ一つ手で包む非常に手間のかかるパスタです。しかし、エミリア=ロマーニャの郷土料理を看板に掲げる私たちのトラットリアにおいて、これを出さないという選択肢はありません。私と妻が心を込めて仕込む唯一の詰め物入りパスタ。それがトルテリーニです。

トルテリーニを仕込んでいる様子

私自身がこのパスタと本格的に向き合ったのは、モデナの名店Antica Mokaで修行していた頃。師匠のAnnamariaさんから特に厳しく指導を受けたのが、このトルテリーニでした。彼女は「味だけでなく、香りを記憶しなさい」と何度も言ってくれました。それほどまでに、リピエノの完成度がこのパスタのすべてを決めるのです。

Trattoria Annamariaを開業した当初、日本のお客様に「トルテリーニとは何か?」を一から説明することが多くありました。しかし最近では、「このパスタを食べに来ました」と言ってくださるお客様が増えたことが、何よりの喜びです。

この小さな詰め物パスタに、エミリア=ロマーニャの誇りと、私たち夫婦の情熱が詰まっています。

プロフィール

片桐祐樹

かたぎり・ゆうき|1986年生まれ。山形県出身。イタリア・モデナのOsteria Francescanaの近藤シェフに憧れ料理の道へ。イタリアやロンドンの星付き店で研鑽を積み、京都では日本料理店でも経験を重ねる。北イタリア郷土料理と手打ちパスタに情熱を注ぐトラットリアを京都で開業。

Instagram
https://www.instagram.com/trattoria_annamaria/