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釣るだけが釣りの楽しみではない。 – FLY FISHING –

2021年6月12日

photo: Alex Trautwig
coordination: Momoko Ikeda
2021年7月 891号初出

釣り

釣るだけが釣りの楽しみではない。

 川の楽しみとして、釣りを忘れてはいけない。毛針で釣るフライフィッシングは、1600年代から英国貴族のスポーツとして嗜まれているクラシックで、今でもその魅力に取り憑かれる人は数知れず。これまで紳士の装いや振る舞いについての本を上梓してきたNYのライター、デイヴィッド・コギンスさんもそのひとりで、5月にフライフィッシングについての本『The Optimist』を発売したばかり。

『The Optimist』
デイヴィッドさんいわく、この本はテクニカルなことではなくて、フライフィッシングの経験そのものをちょっとロマンティックにまとめたもの。彼の原体験であるウィスコンシン州に始まり、憧れの地イギリスでの釣りに終わる。まだ英語版しかないので、早く翻訳されてほしいね。

「フライフィッシングの醍醐味というのは、意外と魚を釣り上げる瞬間じゃないところにあるんだ。朝イチで川に着いてウェーダーに足を通しながら、これからどんな魚が釣れるだろうかとワクワクする時間だったりね。いよいよ準備が終わって、川に釣り糸を垂らしたら、あとはただ穏やかに流れる時間に身を任せるのみ。長く続いた静寂の後、突然、魚がかかると一気にテンションが上がって、それが終わるとまた静かな世界に戻る。この緩急のついた時間の過ごし方は他で味わうことはできない。釣りというのはすなわち待つことなんだ」

 1653年にイギリスで書かれた名著『釣魚大全』にも「穏やかなることを学べ」との一節がある。釣れないことにイラつくことなく、ただただ自然の中に身を置く時間を楽しむ。これこそ理想の夏の過ごし方ではなかろうか。

「この釣りは学ぶのに時間がかかるから、釣れるようになったらもちろん嬉しいよ。魚が食べそうな虫に似せたフライを巻き、川の流れを読んでキャスティングする。すごく慎重に動いて、ここだ! という瞬間に引き上げて魚が釣れた瞬間は、もう最高な気分だ。捕まえるのが最も難しいのはブラウントラウト。賢いからすぐ逃げられるんだ。本場イギリスでは最もジェントルマンな魚とされているから、リスペクトを示すためにドレスアップして釣りをするんだよ」

 ただ魚を釣るのならエサ釣りのほうが楽だけど、あえて簡単な方法では釣らないフライフィッシングというスポーツに熱中してしまう気持ちがわかってきた気がする。最後にデイヴィッドさんはこんな言葉を僕らに残してくれた。

「基本はキャッチ・アンド・リリースだから、手元には何も残らない。勉強して苦労して釣っても、そこに意味があるとわかるのは自分だけだし、簡単そうに釣っていても実はそこにすごいテクニックがあったりする。雨で消えてしまうアートみたいなもので、詩的でもある。だから、また川に行きたくなるんだよ」

プロフィール

デイヴィッド・コギンス

1976年、ミネソタ州生まれ。NY在住の作家であり、編集者。本の発売を記念して自身がゲストエディターを務める〈L.L. Bean〉や、イギリスのメガネブランド〈Kirk Originals〉とコラボレーションアイテムを発売予定だ。(instagram: @davidrcoggins