カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.28
紹介書籍『いくら新芽を摘んでも春は止まらない』
2025年4月15日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
無力さのどん底でも声を発し、叫びをあげずにはいられない
桜の開花宣言を報じるラジオを聴きながら電車に揺られ、夜の新宿に降り立つと、大型電光掲示板の真下にある桜が満開に咲いていた。
「は?開花宣言した日になんで満開?」と呆気にとられ、新宿のネオンに照らされる満開の桜を眺めていると「昼も夜もネオンに照らされたことで、前のめり気味に花が咲いたのかもな」という考えが浮かんでくる。気になって調べたら、何のことはない、早咲き品種の桜だったのだけど、新宿のネオンに煌々と照らされ足元をほとんどコンクリートで埋め固められてもなお、超然と佇み、満開に咲いてみせる桜の木はなんだかカッコよかった。
『いくら新芽を摘んでも春は止まらない』は、春がキーワードになっている詩集だ。といっても、日本の生き生きとした春の情景が収められた詩集ではない。舞台はミャンマーで、本書でいう「春」とは若者たちの未来や希望、一般市民による連帯や抵抗運動などを指す。そして「新芽を摘もう」とするのは一般市民を抑圧し容赦なく銃口を向ける軍事政権だ。
2021年2月、民主的に選出されたミャンマー政府に対して軍がクーデターを起こした。そのニュースは日本でも大々的に報じられたのでなんとなく知っていたけど、本書に収められている詩とエッセイを読んで、軍事政権のあまりの横暴さに唖然としてしまった。
そしてパンクスに憧れて反権力・反暴力だなんてのたまいながら、同じアジアの一国がこんな事態になっていたことをちゃんと理解していなかった自分の無知と無関心を恥じた。
私たちが暮らすここ日本において「詩」は暮らしに結びついていて、読み手の心を豊かにしてくれる詩人は尊敬の対象となる。一方で、ミャンマーにおける「詩」は政治と密接に結びついて、詩人は権力の目の敵として投獄・虐殺される対象となる。実際に本書に寄稿している詩人の何人かも、軍事政権によって殺されている。
かつてはイギリスの植民地で、そのあとに日本に占領され、独立後間もなく軍の独裁がはじまったミャンマーの歴史において、詩人は常に民衆の声を代弁してきた存在で、人々の抵抗活動にとって重要な役割を担ってきたという。
独裁する権力側が「詩」を検閲し「詩人」を虐殺するのは、「言葉の力」を恐れているからだ。言葉は物理的な距離も国境も時空も超えて伝播する。言葉は共感を生み、共感はまた新たな言葉を生みだす。それが伝播して共感を生んでまた新たな言葉を生みだして、人々は連帯する。その繰り返しが未来に繋がる。検閲によって抵抗の言葉を摘んでも、詩人を射殺しても、広がった言葉と共感の連鎖を止めることはできない。
とはいえ、軍事政権の横暴を証言する詩や、抵抗を表明する詩を集めてミャンマー国内で本を出版することは容易ではない。検閲されて、命を狙われる。本書はオンライン上に書かれたさまざまな証言詩や抵抗の言葉を英国で暮らすミャンマーの詩人が英訳してイギリスで出版し、それを日本の詩人が和訳して編み直されて出版されたものだ。
日本語版を編訳した四元康祐はあとがきでこう綴る。
「詩の言葉は野蛮な現実の前で赤子のように無力だが、人間はその無力さのどん底でも声を発し、叫びをあげずにはいられない。」(P.219)
反権力、反暴力のマインド。ひとりひとりが立ち上がるDIY精神と、仲間と連帯し助け合うユニティ。どん底からあげる叫び声。この本の在り方にはパンクスが大事にしてきたエッセンスが詰まりまくっている。表紙の感じもパンクバンドのアルバムジャケットみたいだ。
ちなみに本書のタイトルにもなっている『いくら新芽を摘んでも春は止まらない』は抗議デモの中で十代の女の子たちが掲げたプラカードに書かれていた言葉らしい。そのセンスと詩情、そして言葉が放つ力強さにくらくらした。
紹介書籍

いくら新芽を摘んでも春は止まらない
著:コウコウテッ ほか
編訳:四元康祐
出版社:港の人
発行年月:2024年10月
プロフィール
小野寺伝助
おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動をしつつ、出版レーベル<地下BOOKS>を主宰。本連載は、自身の著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYE Web仕様で選書したもの。
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