カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.27
紹介書籍『子どものものさし』
2025年2月15日
text: Densuke Onodera
edit: Yu Kokubu
明治41年生まれ、パンク的育児のティーチャー
権力による強制に反抗し、自由な精神を大事にする。そんなパンクスに憧れるティーンエイジャーだった私は、20年の歳月を経た現在、権力で人を強制するクソ野郎になる時がある。
例えばこんな感じだ。
「食事中に踊り出してはいけません」
「私のジャンパーにネコちゃんシールを貼るのはやめてください」
「ハナクソは食べないでください」
これら権力の発動によるセリフで自由な精神を規制されるのは二歳の我が子だ。社会では小市民の私も、子どもに対しては「親」という絶大な権力を持つ。圧倒的な力の差があるだけでなく、「教育」や「しつけ」というマジックワードで子どもに対する強権的な言動を肯定できてしまう。
人に暴力をふるう、人のものを盗むといった行為に対しては毅然と対処するとして、食事中に踊る、人の服にシールを貼る、ハナクソを食するといった行為を強制的にやめさせることを「しつけ」とするのには迷いが生じる。というのも、それらの行為は世間一般的にNGかもしれないが、本人の自由ではあるし時と場合によっては笑いをもたらし周りがハッピーになるかもしれないからだ。さらに言えば、私も酒席で酔って踊り出すことはあるし、幼きころハナクソを気ままに食していた。
自分のことは棚に上げ、いびつな社会性や世間体で子供の自由を奪い強制しているとしたら、それは自由を大事にするパンクの精神にはそぐわない。そこからさらに発展して、全く言うことを聞かない子どもに怒りの鉄槌を食らわし力でねじ伏せるようなことになれば、それはあらゆる暴力に反対するパンクスとは対極の暴力クソ野郎に成り果ててしまうことになる。
この10年で児童虐待による摘発件数は3.6倍に増えたという。どんどん世界がクソみたいになって、どんどん大人が疲弊して、その煽りを一番受けているのは社会の中で最も弱者である子どもだ。The Kids Are Alright、じゃ全然ない。私もまたクソみたいな世界に疲弊している一人であり、他人事じゃない。暴力クソ野郎になり果ててパンクの道から外れたくない。
大人になり親になってもなお、権力による強制に反抗し、暴力に反対し、自由な精神を大事にしたまま、子どもの自主独立を促しつつ、連帯して共に歩む。そんなパンク的育児を実践していくことは可能なのだろうか。と、悩める私がパンク的育児のティーチャーとして勝手に師事しているのが松田道雄で、『松田道雄 子どものものさし』は氏が残した著作群の中から選りすぐりを収録したエッセイ集だ。
松田道雄は明治41年生まれの小児科医で『定本 育児の百科』という岩波文庫から刊行されている超ロングセラー育児本の著者として有名だ。その一方で「在野の思想家」という一面もあり、現代思想大系というシリーズ物の一冊『アナーキズム』の編集・解説という仕事なんかもしている。
アナーキズムは日本語だと無政府主義と訳されたりするし、セックスピストルズが「I am an anarchist(俺はアナーキストだ)」なんて歌っているので破天荒で無秩序でやばい思想みたいなイメージで、そんなヤバい思想に精通する人間が育児書を書いてるのヤバない?と思うかもしれない。
しかし、哲学者の鶴見俊輔による「権力による強制なしに人間がたがいに助けあって生きてゆくことを理想とする思想」というアナーキズムの定義を参照すれば、アナーキズムに精通している人間が育児にも精通していることに全く違和感がない。なぜなら、育児・教育は大人から子どもに対する「権力による強制」ではなく、「人間がたがいに助け合って生きてゆくこと」の実践だからだ。
パンクスの思想にも密接に関わるアナーキズムは強者ではなく弱者の思想なので、松田道雄が語る育児も弱者側に立っている。育児における弱者とはまず第一に子どもで、その次が女性(母親)だ。
本書においても、
「おとなは“しつけ”や教育について、思いあがったかんがえをもっている。」(P.38)
「平等の人間と人間とが、おたがいに寛容と自己犠牲と信頼をもって生きることを、子どもにおしえるのが、ほんとうの育児であろう」(P.90)
と大人の権威性を否定して子どもの自主性や平等な関係性を大事にしたり、
「男は女をふみ台にして社会をつくる。(中略)男本位の栄達の思想そのものの変更が必要になるだろう。」(P.118 – P.120)
といったフェミニズムに通ずる発言がなされている。これを明治41年生まれのおっちゃんが50年以上前に記しているのに驚くし、だからこそ『定本 育児の百科』は今もなお色褪せずに読み継がれているのだと思う。
そんな氏の思想のエッセンスが凝縮された『松田道雄 子どものものさし』は子育てに悩む親のみならず、権力による強制なしに人間がたがいに助けあって生きてゆくことを理想とする人、すなわちパンクスは必読の名著。
紹介書籍

子どものものさし
著:松田道雄
出版社:平凡社
発行年月:2021年2月
プロフィール
小野寺伝助
おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動をしつつ、出版レーベル<地下BOOKS>を主宰。本連載は、自身の著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYE Web仕様で選書したもの。
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