TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】オオワシが結んだロシアとの絆を憂う

執筆:齊藤慶輔(猛禽類医学研究所 代表)

2025年1月22日

モスクワ大学のマステロフ教授と私

連日、ウクライナ情勢がニュースを賑わしています。激しい戦闘の様子に加えて、一般市民が巻き添えになっている事も伝えられており、この悲惨な戦争が速やかに終結することを願わずにはいられません。ロシア政府の国際的な評価は著しく下落していますが、ロシア国民すべてを悪者扱いするような報道も時折目にすることもあり、悲しい気持ちになります。

巨大なオオワシの巣

私は2000年から約12年間、ロシアのサハリン(旧樺太)でオオワシの調査をしてきました。この日露共同調査はモスクワ大学の研究者などと一緒に毎夏に行われましたが、現地は広大な湿原と潟湖(海と繋がった汽水湖)が約250kmも続く原野で、行くだけでも一筋縄ではいきません。州都から夜行列車で一晩かけて北東部まで行き、さらに四輪駆動車や軍用トラックに乗って悪路を北上するとようやくベースキャンプに辿り着きます。その後1ヶ月以上もキャンプ生活をしながらオオワシの繁殖状況を調査するのですが、これがまた大変。最も楽な移動経路が川や湖などの水路ですから、船外機付きのゴムボートを駆使して水面からオオワシの巣を探して回ります。巣を見つけると樹上まで登って行って雛を捕獲し、地上で健康診断と足環・送信機の装着を行いました。

樹上にあるオオワシの巣の直下まで登った私(撮影:阿部幹雄)

オオワシのヒナを手づかみで捕獲(撮影:阿部幹雄)

安全に捕獲したオオワシのヒナ

オオワシへの送信機の装着

調査地は大湿地だけあって蚊やアブの大群が待ち受けていますし、ヒグマも数多く生息しています。そんな過酷な環境で、毎日美味しい料理を作ってくれるのはトラックドライバー兼料理人のサーシャでした。日中はカラフトマスやカレイを捕ったり、先住民族のニブヒやウィルタの方から魚やカリブーの肉を分けてもらいに奔走していました。そして、お腹を空かせた調査員が帰る夕方までには美味しい料理を作って待っていてくれ、「オカエリ~」と人懐こい笑顔で出迎えてくれました。彼はアフガニスタン紛争で負傷した元兵士で、焚き火を囲いながらウォッカを片手に悲惨な戦争体験を話してくれました。このときばかりは神妙な面持ちだったのが印象的でした。調査メンバーの中にはウクライナ出身の研究者もいましたが、同じ釜の飯を食う仲間として和気藹々としたムードで過ごしたのを覚えています。長いこと音信不通になってしまった彼らは今頃どうしているのだろうか?とても心配になります。いつの日か、あのときは大変だったね、平和な世の中に戻って良かったね、とまた大湿原の中で思い出話ができることを願って止みません。

サハリンで行った日露共同オオワシ調査のメンバー

サハリンでのオオワシ調査などについてもっと詳しく知りたい方は、
著書「野生の猛禽を診る: 獣医師・齊藤慶輔の365日」(北海道新聞社)をお読みください。
https://shop.hokkaido-np.co.jp/Form/Product/

プロフィール

【#2】オオワシが結んだロシアとの絆を憂う

齊藤慶輔

さいとう・けいすけ|1994年より環境省釧路湿原野生生物保護センターで野生動物専門の獣医師として活動を開始。2005年に同センターを拠点とする猛禽類医学研究所を設立、その代表を務める。『プロフェッショナル仕事の流儀(NHK)』、『情熱大陸(MBS/TBS系列)』、『ダーウィンが来た!(NHK)』などに出演。
昨年10月に、著書『僕は猛禽類のお医者さん(KADOKAWA)』が発売された。

Official Website
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インフォメーション

野生猛禽類を救うためのクラウドファンディングを開催中。(〜2月28日まで!)

人間の生活を豊かにするための活動により、傷ついたり死亡したりする猛禽類が後を絶たない。ここで集めた資金は、医療機器の更新・拡充や後遺症などで自然界に帰ることのできない40羽以上のオオワシとオジロワシの飼育費用などに使用される。返礼品の猛禽類グッズも要チェックだ。

Official Website
https://readyfor.jp/projects/IRBJ4