トリップ
ゴールドラッシュをめぐる冒険 in Finland Vol.6
写真・文/石塚元太良
2025年1月15日
6月12日 カヤックでのイヴァロ川下りは続いていく。
その川は、雪解け水や雨による増水減水を延々と繰り返しながら、原始の川の形をとどめている。蛇行しながら流れゆく川そのものの美しさよ。日本で見慣れたコンクリートにより阻害され矯正された川の姿とは程遠い。
本日のメインイベントは、「サールナコンガス」と呼ばれる9キロ地点にある急流を、なんとかやり過ごして進むこと。イヴァロ川には途中2箇所に大きな急激な濁流がある。川が急激に細まり、流れが強まり、転覆の可能性が高まる危険な場所である。この旅で最も用心しなくてはいけないポイントだ。
万が一、転覆しても水温の状況からして死ぬことはないかもしれない。僕は泳いで陸に上がり、カヤックを下流で回収し、ドライバックに入れたテントや食糧などの生存に関する荷物を回収し、無事にそのまま70キロ先のイヴァロの街まで辿り着くことができるかもしれない。
けれど転覆により、撮影機材を濡らしたり失ったりしたくない。機材は命の次に大事なものである。そういうと大袈裟だが、僕にとっては撮影こそがこの旅の使命であり、撮影はこのフィールドワークにおける全てでもある。ゴールドラッシュというこの川に秘められたかつての物語を、写真の力で甦らせるために、この川を下っているのだった。
そのために急な濁流での用心が、この旅では最も大切なものである。初めて川下りをするものにとって川下りのタクティクスは、とても大切なものである。以下、僕がガイドブック内で参照にしたサールナコンガスが記述されている部分の抜粋である。
「まずは上陸して濁流の状況を見極めるのが良いだろう。明確な本流の流れが、上陸すれば見える。長い大きな岩が川底にあり、その岩が大きな穴を流れの一番初めの部分に作り出している。本流はその川底の岩から約1メートル右側から始まり、流れの上流側から長い岩の存在は確認できるが、大きな穴は見ることができない。そのため、一度上陸して本流の位置を確認することが好ましい。一度大きな岩の右側をうまく通過できれば、船は自然と本流に流される。大切なことはその後、船の位置を流れに対して真っ直ぐに保ちながら進むこと。本流の中で一番浅い部分は、上流部分にあり、深くなるつれて、横からの強い流れを受け続ける。」
一つ一つの濁流の状況は、予備知識と経験がなくては把握するのが難しい。カヤックの視線はあまりに川面に近く視野が狭いからだ。上陸して俯瞰してみれば、川の流れ、取るべき進路はあからかだった。
上陸して川の流れを眺めていると、確かに本流の位置が確認できる。通過するべき川底の「長い大きな岩」とはあの大きな淀みのことだろう。
じっと川の流れを見つめていると、その岩や白濁する川の流れは、まるで京都の寺にあるような禅の庭のような気がしてくる。白砂に描かれた流れと、その流れを堰き止める岩からなる禅の庭は、大したコンセプトだなと思えてくる。それは確かに存在はしないが感じることのできる「時間」そのものを表現しているのかもしれない。
などと、ぼんやりと陸で時間を過ごしていると、上流から一艘のインディアン・カヌーに乗った二人組がやってきた。彼らもまた一度上陸し、急流を確認して、再びカヌーに乗り込み、どの濁流を下っていった。上下に激しく揺れるその流れを、パドルでいなしながらスリルの中咆哮しながら、スラロームしていく。
さあ、今後は僕の番である。とにかく、ここを抜けなければ先には進めない。が、悩んだ末に転覆してしまう不安を払拭できず、万が一のために撮影機材一式だけは、陸地において徒歩で運ぶ。時間と労力がかかったとしても、一人旅でリスクを取るわけにはいかないのだ。
荷物を軽くしたところで、急流ではカヤックは余計にバウンドする。竜骨は急流を切り裂き、激しくバウンドしながらも、僕とその荷物を無事に下流に運んぶことに成功する。パドルでバランスを上手に取りながら、川の水は掻き出せないほどカヤック内部に入ってきたが、なんとか転覆だけは免れる。僕は徐々にこんな風にしながら、イヴァロ川そのものと一体となっていくのだった。
プロフィール
石塚元太良
いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。
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