TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】僕は野生猛禽類のお医者さん

執筆:齊藤慶輔(猛禽類医学研究所 代表)

2025年1月15日

ドクターカーの中での応急処置

“野生動物のお医者さん”と聞いてどんなことを思い浮かべるでしょうか?
そんな仕事あるの? 趣味でしょ? 動物園の獣医さん? ていう声が聞こえてきそうです。
どうやって暮らしてるかって? 確かに野生動物には飼い主がいないし、キツネが1万円札咥えて玄関口までやってくることもないので、疑問に思うのも当然かもしれません。

そんな野生動物専門の獣医として働きはじめて、かれこれ30年以上にもなるから自分でも驚きです。患者の大半は超大型の猛禽類(ワシやタカ、フクロウの仲間)で、その数は年間100羽近くにものぼります。イメージが湧く人は少ないかもしれないけど、どれも翼を広げると2m近くにもなり、まるで畳が空を飛んでいるみたいな巨鳥なのです。

治療とリハビリを経て野生復帰するオジロワシ

私がいる猛禽類医学研究所は絶滅の危機に瀕した猛禽類のレスキューや原因究明、事故などの予防活動を行っている野生動物専門の動物病院で、その多くは環境省からの仕事。たとえ弱った状態で運ばれてくるとはいえ、力強くどう猛な野生動物を相手にするものだから、気を抜くと大怪我につながります。まだ未熟だった若かりし頃、革手袋ごとオオワシに腕を掴まれて鉤爪(かぎつめ)が手首を貫通したことも。そんな苦い経験をもとに、防護用のバングルや貫通しにくい革手袋、専用の拘束衣などを開発し、今では彼らを安全に取り扱っているので安心してくださいね。

オオワシの収容

傷つく原因の大半は何らかの形で人間が関わっていて、車や列車との衝突や感電などが特に多いです。ちょっと馴染みが無いかもしれませんが、鉛の弾を使ったハンターが捕った獲物を猟場に捨てて行くことで、残された肉と一緒に猛禽が鉛の弾を飲み込んで鉛中毒になることも大きな問題となっています。最近では発電用の風車との衝突事故も多くなっていて、もはや風力発電の写真や映像を見てエコだとは思えなくなってしまったのはまさに職業病ですね。

オジロワシの眼科治療

毎日のように運び込まれてくる動物たちを見て、見付かっているのは氷山の一角ではないか?本当に動物を治しているだけでいいのか?と思うようになったのはもう20年以上も前のこと。たとえ獣医であっても治せないもの、後遺症が残って野生に帰れないもの、手元に来たときにもう冷たくなっているものがとても多いからなんだと思います。そう、傷ついた動物を治すだけではなく、人を豊かにする代償として病んでしまった自然を健全で安全なものへと治してゆく取り組みが重要だと気が付いて、以来「環境治療」と名付けて取り組んでいます。野生動物の獣医、ちょっと奥が深いでしょ?

交通事故に遭ったシマフクロウ

プロフィール

【#1】僕は野生猛禽類のお医者さん

齊藤慶輔

さいとう・けいすけ|1994年より環境省釧路湿原野生生物保護センターで野生動物専門の獣医師として活動を開始。2005年に同センターを拠点とする猛禽類医学研究所を設立、その代表を務める。『プロフェッショナル仕事の流儀(NHK)』、『情熱大陸(MBS/TBS系列)』、『ダーウィンが来た!(NHK)』などに出演。
著書に『野生動物のお医者さん(講談社)』(第57回産経児童出版文化賞)。

Official Website
http://www.irbj.net/index.html

Instagram
https://www.instagram.com/keisuke.saito.irbj/

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https://x.com/raptor_biomed/

インフォメーション

野生猛禽類を救うためのクラウドファンディングを開催中。(〜2月28日まで!)

人間の生活を豊かにするための活動により、傷ついたり死亡したりする猛禽類が後を絶たない。ここで集めた資金は、医療機器の更新・拡充や後遺症などで自然界に帰ることのできない40羽以上のオオワシとオジロワシの飼育費用などに使用される。返礼品の猛禽類グッズも要チェックだ。

Official Website
https://readyfor.jp/projects/IRBJ4