TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#2】サバイバル登山から学んだこと。
執筆:服部文祥
2024年12月18日
皆さん、こんにちは。というわけで(前回参照)、できるだけ装備をシンプルにして、食料と燃料を山中で自給自足する登山をはじめることにしました。1999年のことです。
当初は、基本衣類と靴と剣鉈一本で山に入ってみよう、くらいまで思い詰めていたのですが、旅(移動)を考えるとそこまでシンプルなのは無理だと思い直し、結局、電気製品と精密機器は持たない、テントも持たないというところに装備は落ち着きました。食料は米を一日50㌘と黒砂糖30㌘と塩少々。鍋やタープ、寝袋、ライター、釣り具などは持つことにしました。第一回目の試みのときはこれらの装備に、山菜キノコ図鑑も加わりました。それまで食料の現地調達をしていなかった私には、山菜やキノコの知識がまったくなかったからです。装備や食料は30リットルのザックに余裕を持って収まり、全重量も一〇キロを切るほどでしたが、その中でカラー図版の山菜キノコ図鑑はそれなりの割合を占めていました。もし、知識として頭の中に入っていたら重さなどほぼないのに(最近データにもわずかなエネルギーがあることが科学的に証明されたようです)、私は知らないから重い図鑑を持ち運ばなくてはならないわけです。無知とは重くて鈍くさいことなのだと思い知りました。
そんなこんなではじめた自給自足の登山ですが、釣りは下手だし、山菜もキノコもわからないし、焚き火も慣れなくて、最初はいろいろ大変でした。食べ物が乏しいと寒く感じ、飢餓状態が長く続くと常に微熱を帯びたような状態になります。
一方で、テントもライトもなくても山で夜を過ごすことはできるし、時計がなくても困ることはほとんどなく、夏なら山の中で一定期間生き続けるのは、それほど困難ではないことがわかりました。それどころか、食料や燃料が山の中で私を待っていてくれるため、軽い荷物で長期間、山を旅することができ、身体が自由に動きます。食料を探すために山をよく見るようになり、食べ物に関する知識も増え、そして実際に山に生きるものを食べるという点で、山そのものを身体に取り込んで山と同化するともいえ、多方面から山に近づき、山と深く関わっている(登っている)という、フリークライミングと同じような効果を得ることができました。
そんな、さまざまな新しい体験の中で、刺激的かつ揺さぶられたことが、食べ物とは命なのだという当たり前の発見でした。そんなこと、小学校のときに習っていた気もするのですが、山に入り、イワナを釣り、この手で〆て(殺して)、調理して、食べると、体験を通して「食べ物=命」ということが、身体全体にぶつかってきます。狙い、釣りバリにかかってやり取りし、釣り上げて〆、ワタを出して調理し、咀嚼して飲み込む。不安、焦り、喜び、痛み、悲しみ、不気味、不快、美味、満足など、プラスマイナス複雑な感情がそこにあります。食べて旨いだけではありません。私が山旅をしようと思って山に入らなければ、死ななかった命が死ぬのです。
本来食べ物というものはこういうものなのだ、と私はただ思いました。食料品店で食べ物を買うことの方が(今は当たり前でも)実はおかしなスタイルなのです。そんなことも知らず、感じることもなく、ほぼ30年間生きてきた自分という存在に驚くとともに、食料は獲るのではなく買うことが当たり前である人間社会の仕組みにも、あらためて驚かされました。
自分の力で登るその登山が面白くて、その後も、さまざまな山岳エリアで自給自足の山旅を繰り返していきました。その山旅を、山岳雑誌で紹介するにあたり、ひと目を引く効果も少し考えて、サバイバル登山と名付けました。
プロフィール
服部文祥
はっとり・ぶんしょう|登山家・作家。1969年、横浜生まれ。’94年東京都立大学フランス文学科とワンダーフォーゲル部卒業。大学時代からオールラウンドに登山をはじめ、’96年にカラコルム・K2登頂。’99年から長期山行に装備と食料を極力持ち込まず、食糧を現地調達するサバイバル登山をはじめ、そのスタイルで日本の主な山塊を旅する。近年は廃山村に残る民家で狩猟と自給自足の生活を試みている。著書に『サバイバル登山家』(みすず書房)など。新刊に『今夜も焚き火をみつめながら』(モンベルブックス)。
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