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ゴールドラッシュをめぐる冒険 in Finland Vol.4
写真・文/石塚元太良
2024年12月7日
川の流れは穏やかで、混濁した水質の上からも、水位はそこまで高くないのがわかった。
一旦そのカヤックを浮かべてしまえば、そこは陸上とは別の力学に支配された異界である。摩擦から自由になり、あとは浮力と揚力という陸では感じることのできない力学に身を任せることになる。
水遊び(サーフィンでも、カヤックでも、セイリングでも何でも)の本質は、浮力と揚力という陸上では感知しない力に身を任せ、利用することにあるだろう。
その力は、僕と荷物の総重量100キロ以上を軽々と下流に押し流していく。パドルの力は流れの中では軽く、その跡を残すこともない。東京から遠路、ここフィンランドの北極圏域まで休みなく移動してきた疲労感も、まるで水面のうちにほぐれていくようだった。
僕が下りはじめたこのイヴァロ川という北極圏のローカルな川が、フィンランドのゴールドラッシュの中心地となったのは、19世紀末のことである。四井の人々の発見から広がった、他のゴールドラッシュとは違い、フィンランドのそれはお行儀が良く、王様に送り込まれた探検隊の調査からそのゴールドラッシュはスタートするのだった。
探検家カール・セリム・レムストロームは、長い間まことしやかに囁かれていた「北極圏の金脈」を探すべく、国王に現地調査を命じられた探検隊の隊長であった。
金床探しということ以上に、オーロラの研究という個人的な関心ごとをを持っていた彼にとって、オーロラ観測に適した北極圏遠征は、まさに渡りに船だったという。
その探検隊ははじめに検討をつけたウツ川周辺では、思う結果を得られなかったが、夏も終わりに近い1868年9月、オーロラ観測のために立ち寄ったケハーバの丘の近くで、試しに砂金を取るための皿流しをしてみると、ものの20回ほどの皿流しで2ミリグラムの砂金が取れたことを報告している。そこがイヴァロ川と呼ばれている僕が、カヤックを浮かべ降りはじめた川である。それだけの砂金が取れるならば、イヴァロ川には間違いなくベッドロックと呼ばれる金床が流域に存在しているというわけだ。
遠征の報告後、フィンランド政府はイヴァロ川流域の土地をフィンランド国籍とロシア国籍を持つもの(ユダヤ人を除く)に掘削する権利を与えた。探検家たちがベースキャンプにしていたイヴァロ川の中流域のクルトゥラは、その後に政府の徴税オフィスとして使用され、イヴァロ川はフィンランド・ゴールドラッシュの中心地となる。
探検家からの報告通り、その後ラップランド地方では数多くの金塊の発見や、豊富な砂金の採取がなされる。人々は支流という支流を遡上して、その流域の地面を掘り起こし始めるのだった。当時その流域には大小様々なコミュニティーが存在していたが、多くのゴールドラッシュのブームタウンがそうであるように収束するのも早かった。1920年代には早くもゴーストタウン化が始まり、時間の流れの中に忘れ去られていく。
ゴールドラッシュの時代から変わらず、今の時代でも自らの船で川を下ること。それがイヴァロ川の流域にアクセスする唯一の手段でなのだった。
出発したばかりで、カヤックの中での荷物の「座り」がなんとなく悪い。川を降り出して数キロ。キラ川との合流地点に、フィンランド語で「オウティオトゥパ」という避難小屋の前で停泊して、荷物を積み直す。しばらくすると、一台のラフティングと、1艇のカヤックがやってきた。ラフティングボートには、若者が3人乗っていて、ワイワイガヤガヤしながら、そのまま川を下っていった。
もう一台のカヤックの方は僕と同じように、折りたたみ式のカヤックで、初老の男がヘルメットをして乗っていた。カヤックで船体に「Lyfco」のマークが付いていた。折り紙のように軽量ポリプロピレンを畳んで収納するタイプのカヤックだった。行きがかり上、彼とも二言三言話したが、彼は驚くほど英語が喋れない。そんな英語の単語を知らないフィンランド人に会ったのは、初めてだった。なんとか彼がシィーモという名前であることを知る。
プロフィール
石塚元太良
いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。
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