トリップ

ゴールドラッシュをめぐる冒険 in Finland Vol.1

写真・文/石塚元太良

2024年10月13日

 ゴールドラッシュ時代の遺物を世界中でめぐるこの連載は、前回のニュージーランドのオタゴ州から一気にフィンランドの北極圏域へとジャンプします。ニュージーランドの対蹠地は、イギリスの西側の北大西洋の沖合になるらしいので、その舞台はざっくりと地球の裏側へと移ることになるわけです。

 ラップランドと呼ばれるフィンランドの一番北に位置する北極圏域は、ニュージーランドのオタゴ州と同じく、今から120年以上前の19世紀末に大量の金脈が発見され、大量の人が自然の中に金を探した場所として知られています。

 ちょうど世界がパンデミックの渦中であった2021年9月、僕はケミヤルビというフィンランドの北極圏域にある小さな街のアーティストレジデンスを利用して、そのラップランドのゴールドラッシュの史跡のリサーチに勤しみました。

 どんな大自然の場所に、どんな歴史的な遺物が、どんな状態で残されているのか。そればかりはワールドワイドウェブの検索でわかることは、ほんの僅かばかり。それは僕のような変わりものだけが、深く知りたいニッチでマニアックな情報な訳です。

 でもだからこそ実際にフィールドワークして、多くの歴史的な細部を写真で収集し、かつての物語を立ち上げることにも意義があると思える訳です。

 2021年ラップランドの現地調査で後悔したことが、一つありました。それは日本から川を下る手段、つまりカヌーやカヤックを持参して来れば良かったというものでした。

 北極圏域といえども、歴史意識の高い欧州の国フィンランドとなれば、ゴールドラッシュの史跡たちもどこかヒストリカル・パーク化されてしまい、屋外博物館のように廃屋や残された重機などに、説明解説的な看板がたち、歴史がしっかりとフィックスしすぎてしまっている。なんともお行儀が良すぎるというか。やはり北欧のクオリティというか。それでは僕としてはイマイチ面白くない。

 アラスカの時のように荒野に本当に取り残され、朽ちるままに果てていく「生」の感覚というか、ヒリヒリした感覚が撮影のためには必要である。やはり「歴史」と「自然」が出会うその感覚が何よりも重要なのでした。

 2021年に現地で得られた最も重要な情報は、イヴァロ川の流域に残されたゴールドラッシュ時代の史跡だけは、僕の求める生々しさが残されているかもしれないということでした。イヴァロ川はエンジン付きのボートで遡上するには水位が低く、カヤックやカヌーなどの非エンジンの乗り物でしかアクセスできない場所である。

 自ら川を漕ぎ、その川を下る者しかその「歴史」を目の当たりすることはできない。そこにこそ僕が撮影するべきものが、120年の進歩の破壊性から取り残された何かが、待っているかも知れない。そんな風な感想を持って第一回目のラップランドリサーチから帰国したわけです。

 そして今年の初夏。念願がかない僕は総重量30キロ近い折りたたみ式のシーカヤックをそそくさと、羽田空港で無事に預け、東京からフィンランドのヘルシンキへと飛びました。

 北欧の北極圏における川下りのベストシーズンは、5月初旬から6月初旬。それ以降では山の雪が完全に解けて、川の水位が下がり、小さなカヌーでも川底が露出しすぎて下れない。

 5月の長雨のシーズンは逆に、川は濁流化してスリルはあるがリスクもあるそうだ。出発前からフィンランドの全図と連動し、各河川の水位を日夜アップデートしているの公的な情報サイトを睨めっこしながら、余念なく川の水位をチェック。濁流も怖いが、かといって水位が低すぎれば川底で、シーカヤックの船体を痛めてしまう。降雨により大幅に可変するその水位を見ながら、不安になったり安堵したり。水位の乱高下が激しい5月上旬から中旬。そして安定的な5月下旬をすぎて6月に入ると、予定通りに無事ヘルシンキへ飛んだのでした。

 国際空港からヘルシンキ中央駅へ出て、路面電車で全ての荷物を滞在したホテルに運び、日本からのフライトで固まった体をほぐしに手ぶらで散歩すると、北欧の初夏の気候が大変に気持ち良い。

 出国前から予約しておいたフィンランドを代表する建築家アルヴァ・アールトの自邸だけ見学に赴いて、翌日の長距離移動に備えた。ホテル前の広場で一人ワインを飲み眠くなると、時差ぼけで明日の準備もそこそこにホテルのベッドで眠ってしまった。ふと目覚めた薄明かりの窓の光は、夜明けではなくまだ真夜中だった。北欧の夏の夜はとてもとても長い。

プロフィール

石塚元太良

いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。