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介護がもっと身近になるケアギビングコラム。

介護の現場を知りたくて。Vol.3

2024年10月23日

photo: Naoto Date
illustration: Yoshifumi Takeda
text: Neo Iida
2024年11月 931号初出

COLUMN #01 介護×旅
介護事業所が隣にある、尾道の優しいホテル。

エントランスを抜けると、左側に「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」、右側に小規模多機能型居宅介護を行う「ゆずっこホームみなり」。ふたつの棟が隣り合っている。

奥のホールでは利用者が夏休みで遊びに来ていたスタッフのお子さんと一緒に釣りゲームでワイワイ。

「ゆずっこホームみなり」の扉を開けると、誰かの家にお邪魔したような気持ちに。入ってすぐのゆるっとした空間、カッコいい。

 尾道旅行を計画したとき、気になる名前のホテルを見つけた。その名も「尾道のおばあちゃんとわたくしホテル」。平屋造りの綺麗な宿の、路地を挟んだ隣に介護事業所がある。興味を惹かれ、代表の川原奨二さんに話を聞いてみた。

「僕たちはここ尾道で、認知症ケアに特化した高齢者介護福祉サービスを提供しています。このホテルは当初、小規模多機能型居宅介護事業所『ゆずっこホームみなり』に併設する、体調の優れない方の緩和ケアのための宿泊先として作ったもの。しかし、蓋を開けると若い方からの反響が大きく、一般の利用がとても多いんですよ」

清掃などの業務はスタッフが行うが、いくつかの仕事は「ゆずっこホームみなり」の利用者が受け持っている。チェックインをするときは「はいどうぞ」と鍵を手渡してくれるのが嬉しい。

「言葉の力で元気になってほしい」と、共有スペースのデスクには“コトバの処方箋”が置いてある。好きな言葉を持って帰ろう。

コットンパジャマに縫い付けたワッペンも、ひとつひとつ利用者が縫い付けている。

デスクにある秘密の相談シートをポストに投函すると、帰宅後に返事が届く。これも利用者の担当だ。「スタッフが代筆しますが、皆さん相談を読んで、『こうかなあ』と考えながら丁寧にお答えしています」。広島の言葉もじわっと嬉しい。

「ゆずっこホームみなり」は通いや宿泊などの事業所。利用者は介助を受け、レクリエーションなどをして過ごすが、ここだけの特別な仕事があるという。

「宿泊客に鍵を渡したり、秘密の相談に返事を書いたり、パジャマのタグを塗ったりと、ホテルに参画してもらっています。ここは三成という尾道のベッドタウン。中心地から離れているぶん、時間もスローです。心も体も休めてもらえたら」

 おじいちゃんやおばあちゃんの気配を感じながら眠るって、小さい頃を思い出して安心する。最高に癒やされそうだ。

宿泊棟には共有スペースが。素泊まりなので、地元の食材を買ってキッチンで調理をするのも楽しそう。

客室は3室。洋室の「されど、わたくし」、クイーンベッドのある「もしも、わたくし」はシャワー、トイレ付き。畳敷きの「まるで、わたくし」にはバスタブとトイレが付いている。

インフォメーション

尾道のおばあちゃんとわたくしホテル

ホテル

2022年に尾道の三成地区にオープンしたホテル。広島で福祉施設や保育所を運営するゆずが運営しており、敷地内に小規模多機能型居宅介護事業所「ゆずっこホームみなり」を併設。素泊まりで共有キッチンを利用可。宿泊予約はホームページから。

◯広島県尾道市美ノ郷町三成1114-2 ☎0848·48·3877 

Official Website
https://watakushihotel.com/

COLUMN #02 介護×音楽
毎日がライブ! 生演奏で踊るデイサービス。

 ドラムに合わせて華麗にアコースティックギターを弾く男性。ピアノや三味線の演奏も、ボーカルも、みんな介護サービスを受ける利用者たち。ここは埼玉県川越市にあるデイサービス「KEION」。老化や認知機能の低下を防ぐため、楽器を使った演奏をケアに取り入れている。

「要介護5だった人が2に改善されたり、要支援1だった人が自立状態まで改善したこともあるんです」

 そう笑う代表の上野拓さんは、何と元刑事課の警察官。現役時代、退職した人が第2の人生を楽しく過ごせる場所が作れたら……と考えていたという。

毎日行われる演奏会。元ピアノ講師や名取資格を持つ三味線奏者など、経験者はプレイヤーとして参加。スタッフも楽器が弾けるため、ドラムや太鼓など、自然とビッグバンド編成に。加山雄三の「旅人よ」やテレサ・テンの「時の流れに身をまかせ」など昭和歌謡を楽しんだのち、民謡や音頭でダンス! ラストは生演奏のラジオ体操で締め。

「孤独死の検視では、死因を特定するのに生い立ちも調べます。そのたび、この人は幸せな人生だったのかなと思うように。一方僕は署内で軽音クラブを運営していたんですが、引退したOBたちも楽しそうに楽器を演奏している。それを見て、介護には音楽がいいんじゃないかと」

 退職金を注ぎ込み、2021年に「KEION」をオープン。生演奏にこだわり、弾ける人はどんどん参加してもらう。

「今は昭和歌謡を聴いてきた世代が多いですが、やがてグループサウンズ世代が来て、エレキギター奏者も増えるはず。皆さん能動的に『あれを弾きたい』と言ってくれる。それが何より嬉しいんです」

インフォメーション

介護がもっと身近になるケアギビングコラム。

KEION

デイケアサービス

2021年にスタートしたデイサービス。防音設備のある施設には様々な楽器が置いてあり、音楽演奏やコンサートをサービスの中に取り込れることで、認知機能や身体機能低下の予防を図る。川越市と川島町に住む要介護1〜5の人と、川越市の要支援1、2の人が利用可。

◯埼玉県川越市福田59-1 ☎049·298·6923 

Official Website
https://kawagoe-openup.jp/

COLUMN #03 介護×芸術
人生経験が演技に生きる。役割を取り戻す、演劇の力。

「僕は常々、高齢者ほどいい俳優はいないと言っているんです。長く生きていれば、人生のストーリーがたくさんある。その経験が作用するんですよ」

 岡山県で劇団「OiBokkeShi」を主宰する俳優の菅原直樹さんは、介護福祉士の資格を持ち、介護に対して演劇というアプローチを行っている。ワークショップを開き、集まった高齢者、介護者、一般の方々と演劇を作り、公演を行う。演技と介護は非常に相性がいいのだそうだ。

菅原さんが2015年に発表した『よみちにひはくれない』は、“徘徊演劇”と銘打ち、岡田さんが「行方不明になってしまった認知症の妻を探す老人」の役を演じながら、舞台である商店街を歩く市街上演作品。鑑賞者も俳優と一緒に歩きながら作品を観劇する。実際に認知症の妻を在宅で介護する岡田さんの実体験がもとになっている。岡山での初演以降、浦和やイギリスなどでもそれぞれのバージョンが作られ上演されてきた。

「皆さん、社会生活で何らかの役を演じていますよね。学生役、父親役、母親役、会社員役。しかし70代、80代、90代と年を取るうち、徐々に役がなくなってしまう。人間は生きている限り、何らかの役を与えられていたい存在です。ですから若くして脳梗塞を患い、失語症になった50代の方に演技をしてもらったら、その役になることで家族も驚くような潜在能力が発揮されたことがありました」

 看板俳優は、ワークショップに参加した98歳の岡田忠雄さん。認知症の妻を介護する体験は、演劇の題材にもなった。

「役を見つけるのも大切な仕事です。参加してくれた方々の人生に耳を傾け、一緒に作品を作っていく。演者にとっても僕にとっても、創造的な仕事なんです」

インフォメーション

OiBokkeShi

劇団

俳優で介護福祉士の菅原直樹さんが2014年に岡山県和気町で設立した劇団。2016年に拠点を奈義町に移転。「老人介護の現場に演劇の知恵を、演劇の現場に老人介護の深みを」という理念のもと、認知症ケアに演劇的手法を取り入れたワークショップを実施し、高齢者や介護者と共に様々なオリジナル作品の演劇公演を行う。

Official Website
https://oibokkeshi.net/

COLUMN #04 介護×本
介護が自分ごとになる、気づきを得る5冊。

左から順に
1. フリーターのヒロトと、従兄弟のなつみ。平屋で暮らすふたりの心地よい日常を描く『ひらやすみ』(著:真造圭伍/小学館)。
2. 整体と音楽の仕事をしながら暮らしている著者の、コンプレックスを煮詰めたような生活奮闘記を綴った『未知を放つ』(著:しいねはるか/地下BOOKS)。
3. 今よりほんの少し先の未来、恋人や家族について悩む早乙女雄大は、親子ふうの2人組と出会い火星移住を検討する。新感覚ゆるSF小説『あきらめる』(著:山崎ナオコーラ/小学館)。
4. 介護福祉士の資格を持ち、お笑い芸人としても活躍する著者によるコミックエッセイ『介護現場歴20年。』(著:安藤なつ/主婦と生活社)。
5. ジャーナリストの著者が戦争中のガザに息子と共に閉じ込められ、脱出するまでの2か月間を記した記録。『ガザ日記』(著:アーティフ・アブー・サイフ/地平社)

 僕自身は経験がないのですが、母親が祖父母を介護する姿を見て、大変そうだなと感じていました。そんな僕が気づきを得たのが、しいねはるかさんの『未知を放つ』。地下BOOKSから出版した本で、しいねさんが実体験を綴りDIYで作成していた冊子が下敷きになっています。この中の「家族 固定観念から自由になる介護」という章を読んで、介護のイメージが変わりました。福島に住むしいねさんのお父さんはウオノメの手術後、せん妄状態から認知症になってしまう。そこでしいねさんは東京と福島を行き来する「遠距離介護」を始めます。つきっきりではなく、「出来る範囲で介護をする」という選択肢もあることが目から鱗でした。それまでは良好な親子関係ではなかったけれど、介護を通じて徐々に関係性も変化していきます。ユーモアも交えながら描かれるその様子がとても素敵で、介護を身近なものとして感じられました。

 真正面から介護を描いた作品ではないですが、真造圭伍さんの漫画『ひらやすみ』にも、介護の種のようなものが見えます。物語は主人公のヒロトくんがおばあさんと仲良くなるところから始まり、友達としてご飯を食べ、骨折したらお見舞いに行く。高齢者の方に寄り添う姿に、介護のひとつの在り方を見た気がしました。僕はいま子育て中なのですが、子育てと介護って似ていると思うんです。昔は子供を隣人が見たり、注意したり、地域で育てるという考え方があった。介護も同じように、地域でケアをする考え方があったのかもしれません。今はご近所付き合いが希薄になってしまいましたが、そういう〝介護の始まり〟みたいなものがもっとあってもいいですよね。

 介護の現場から「介護って楽しいよ」と伝えてくれるのが安藤なつさんのコミックエッセイ『介護現場歴20年。』です。親戚の伯父さんの家が介護事業所を営んでいたことで、安藤さんも自然と介護職に。『M-1グランプリ』に出場する前日も勤務していたというから驚きです。僕はこの本で深夜の訪問介護の存在を知りました。ご自宅を回り、オムツ交換や体位の変換を行う。一見大変そうですが、芸人さんならではの描写でおかしみや楽しさを伝えてくれます。国家資格を取り、介護について発信されているのも素晴らしいなと。

 そして『ガザ日記』は、現在進行形でもあるイスラエルのガザ侵攻に遭遇した、パレスチナ人作家による手記。車椅子が欠かせないおばあさんを連れて戦場から避難する様子は壮絶です。戦地にも介護が必要な人が存在するんだと改めて気付かされます。世界中で戦争や紛争が起きているし、災害からの復興が進まない地域もある。非常時にケアをしながら生き抜くとはどういうことか。そう思いを馳せると、日々のニュースもまた違って見えてきます。

 山崎ナオコーラさんが書いた『あきらめる』は、SF小説ならではのシニカルな描写が面白い一冊です。火星への移住が促されたとき、お年寄りや子供など、弱者を排除して元気な世代だけを許可したら、火星の社会がどんどんダメになってしまうんですよ。つまり、介護や育児といった弱者をケアする視点を持つことで、人間は優しさや人間らしさを見失わずにいられるんだとわかる。SFは社会情勢の裏返しでもありますから、現実と照らして読むのも面白いと思います。

 誰しも介護に関わる時が訪れます。当事者ではないからと一線を引かずいかに自分ごとにするか。その点、読書は最適です。本は一対一のメディアなので、他人ごととしてはいられなくなりますから。

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介護がもっと身近になるケアギビングコラム。

小野寺伝助

「地下BOOKS」主宰

おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動を行う。著書に『クソみたいな世界で抗うためのパンク的読書』。出版レーベル「地下BOOKS」を主宰しており、最新刊行作は『小さき者たちへ』。

COLUMN #05 介護×ファッション
いつまでもおしゃれを楽しみたくなるデザインってあるんだね。

〈ココロcolor〉×〈BEAMS JAPAN〉のパジャマ

身幅も腕周りもゆったり。面ファスナーで着脱も簡単だ。生地は光沢感があり肌触りの良いベルベット素材。ウエストはゴム仕様で、前後を示すタグ付き。襟には名前を書くタグも。セットアップでの販売。各¥7,590(クロスプラス www.crossplus.jp

 介護が必要になっても、好きな服を着て、自分らしくありたい人も多いんじゃないだろうか。アパレルメーカーのクロスプラスが立ち上げた介護服ブランド〈ココロcolor〉が、〈BEAMS JAPAN〉の監修を受けて作ったパジャマ「cocoro color」みたいに、ラクだけれどデザインされた服を着れば、家やグループホームにいるときの気分も上がりそう。現場の声を聞いて作られているから脱ぎ着しやすいし、セットアップはもちろん、パンツやアウターだけで着られるのも嬉しいね。

〈ムーンスター〉の靴

ワイズ(足囲)はゆったりとしたラスト(木型)を使っている。さらに甲に大きく開くバンドを付け、脱ぎ履きを容易に。プロ仕様のアウトソールを使っているため滑りにくい。¥7,700(ムーンスター www.moonstar.co.jp

 シューズブランド〈ムーンスター〉の「ファム」も、スタイリッシュだけれど、リハビリシューズや介護シューズの役割を持つ一足だ。〈ムーンスター〉の創業は明治6年。以来、ゴム底の地下足袋や学校の上履き、厨房用シューズなどの実用的な靴を作ってきた。その技術を生かし、履きやすくてユニバーサルな靴を手掛けているという。「ファム」のつま先はゆったり、甲のバンドはフルオープンにでき、スリッパ感覚で脱ぎ履きできる。ぽってりとしたフォルムも愛らしく、年齢や性別を問わず誰の足にもフィット。介護は特別なことじゃない。同じ靴を履けるくらい、普通のことなんだ。

ananの記事はこちら。
https://ananweb.jp/anan/571849/

こここの記事はこちら。
https://co-coco.jp/series/nursing/