トリップ

ゴールドラッシュをめぐる冒険 in New Zealand Vol.10

写真・文/石塚元太良

2024年9月28日

 グレノーキーは、人口400人ほどの小さな集落である。周辺の山々からワカティプ湖へ流れ込むデルタ地帯の東側にあり、信号さえないいくつかの交差点と、1つのカフェとそれからひとつのパブ、それからいわゆるジェネラルストアと呼ばれる生活必需品を扱う店だけで成り立っている。

 そのデルタ地帯には、渡っている間に心配になるほどの長い橋が、北側と西側にかけられている。ここグレノーキーは、そのロケーションから「リースダート・トラック」と呼ばれる全長85キロほどのトレイルルートへ向かう理想的なベースキャンプとしても機能していて、ジェネラルストアの裏で営なまれているキャンプ場には、これから山へ向かうもしくは、下山したと思しき人たちで賑わっていた。

 次の日の早朝。レンタカーで来た道を少しだけ戻り、リチャードソン山脈と呼ばれる標高2000m弱の峰々が連なるトレイルを、大判カメラを担いで登り始めた。僕の目的はもちろん山頂を目指すためのものではない。

 トレイルの途中に点在する鉱山師の建てた小屋の撮影をするためである。それらは、第一次世界大戦前後に建てられたボニー・ジーンとヘザー・ジャックと呼ばれる二つの小屋。今まで撮影してきたリッチバーンよりも新しいゴールドラッシュの史跡であるが、それでも第一次大戦前後と言えば、優に100年も前の話である。

 小屋へのアクセスはリッチバーン、メイスタウンへのトレイルに比べ、一気に標高を上げなくてはならない。あたりは、氷河に削り出された険峻な山々が並び立ち気持ちが良い。日帰りの撮影は持ち物も少なくて軽快。

 黙々と歩きながらふと、先住民であるマオリの人たちは、どんな眼差しでこの山々を見つめていたのだろうかと思う。21世紀を生きる僕の視線はというと、それはいつも「写真という画像の中では、この風景がどんな風に見えるか?」というヴァーチャル空間と現実との間を行き来するようなものであると感じる。それは僕の職業病でありながら、SNSコミュニケーション全盛の時代にあっては一般論としても成り立つ現代的な視線であると思う。

 では、100年前の第一次大戦時の人々はこの山をどんな視線で眺めていたのか。もちろん彼らもそれまでのマオリの時代とは全く違う視線で、自然を眺めたはずである。「近代」と呼ばれる急激な工業化の中で、すぐに「食べられない」鉱物資源を見つけるその視線は、マオリの時代にはなかった眼差しだったろう。基礎的な地質学をベースにするような自然科学的なその眼差しは、自然を分解し解読するような視線であったはずなのだ。

 3時間ほどの上りでボニー・ジーンの小屋にたどり着き、小屋の外観をバイテンのカメラで撮影していると、一人のニュージーランド人がマウンテンバイクで上がってきた。多分坂道をマウンテンバイクでギュンギュンと登ってきて、心拍数が上がり、幾分テンションの高いおじさんは、僕の撮影を見学しながら休憩し、撮影の合間を見て僕に撮影してほしいと自分のiPhoneを渡してくる。

 もちろんいいよと答えるが、よく聞けば「君の使っているその大きなアンティークのカメラをiPhone写真の画面の端に入れてさ、僕のことを撮影している風情で、iPhone撮影してよ」などと、冗談のような複雑なオファーをしてくるのだった。

 グレノーキー在住のそのおじさんとのたわいもない会話から、背後にある1926mに至る山頂に、アラスカという名前が付けられていることを教えてもらう。奇遇にも、僕はニュージーランドの旅に最後に「アラスカ」に上がってきたようである。背後の山が「アラスカ」という呼称だとは、彼と話すまで全然気がつかなかった。

 僕がゴールドラッシュの物語を紡ぎ始めた土地。アラスカ。

 その旅は、アラスカからカリフォルニアへ、アメリカ大陸の最南端のパタゴニア地方へ、そして大きな太平洋の海を渡り、ここニュージーランドのオタゴ州に辿り着き、最後にまた「アラスカ」に戻ってきてしまったようである。まるで自分の尻尾を食べるウロボロスの円環のように、時代だけが大きく進歩し、前進していく中で、僕は同じところをぐるぐると回っている。

 アラスカから紡ぎ始めたこの糸は、今度はどこは繋がっていくのだろうか。どんな「辺境」の地図を広げ、僕は旅を続けるのだろうか。土地の物語を読み進めていくのなら、旅はやはり本のアナロジーこそが相応しい。

 今では誰も見向きもしないその朧げな歴史のページを、写真の力で喚起させ付箋をし、彫刻家のように歴史そのもの形を彫塑していきたい。それはどこか気狂いじみた試みかもしれない。そうまるでかつてツルハシとスコップを抱えて、黄金の河を遡上していった100年前のゴールドディガーの人たちと同じように。それは夏草を踏みしめながらかつての夢の跡をめぐる終わらない旅路である。

(終)

次回、フィンランド編へと続く。

プロフィール

石塚元太良

いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。