ファッション写真には“ウラ”がある。
雑誌『Subsequence』の「あり得ない」撮影現場の話。
text: Ayumi Taguchi
edit: Keiko Sude
2024年9月10日
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巨大なデニムのセットアップはvisvim製。SS2018展示会用のプロップとして作られたもの。世界一身長の高かった女性サンディ・アレンの伝記にちなんでついたタイトル。(『Subsequence』Vol.1掲載)
カメラマン・サミュエルとスタイリスト・スティーヴンの創造的仕事術。
雑誌で見たファッションページのコーディネートを真似て、失敗したことがある。モデルと自分の体型の違いは明らかだが、同じ洋服なのに、同じ合わせ方なのに、何かが違う。学生時代のそんなほろ苦い経験をそっと胸にしまい、私は雑誌『POPEYE』の編集者になったのだが、そこで見るファッション撮影の現場というのは驚きだった。
スタイリストはモデルに洋服を着せるだけではなく、袖の捲り方、襟の立て方、パンツの裾の溜まり具合、シワの加減など、モニターとモデルの間を何往復もしながらミリ単位で微調整を繰り返す。フォトグラファーはスタイリストと息を合わせるように洋服と被写体が一番よく見える瞬間を捉え、「撮れた!」という答えを求めて汗をかく。そんな現場。それに、撮影当日にたどり着くまでの道のりも話そうとすると果てしない。学生時代の自分の失敗を振り返ると、こんな緻密な職人技が一枚の写真に詰まっているとは到底見抜くことができていなかった。私は別世界の入り口に立ち、白昼夢を見ていたようなものである。
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合成ではありません! クレーンでボックスカートを吊るしている。手作りのカートで競うレース「ソープボックス・ダービー」をテーマにした「Derby Rotten Scoundrels」シリーズから。(『Subsequence』vol.6掲載)
前置きが長くなったが、雑誌『Subsequence(サブシークエンス)』のファッションページを見た時に「こんな現場あり得るの?!」と衝撃を受けた。世界中のアーツ&クラフツを鋭い編集とヴィジュアルで表現し続ける同誌の創刊号から担当しているのは、ロンドンを拠点にする写真家のサミュエル・ブラッドリーとスタイリストのスティーヴン・マンのコンビ。
『Subsequence』自体が超大判の雑誌であるから、写真のインパクトがとにかくすごいのだが、馬に跨った男が巨大な荷物の塊を担いでいたり、手作り感あふれる車が空を飛んでいたり……。いつの時代のどこの土地か分からない世界で、登場人物たちが生き生きとした表情をしていて、大道具や特設のセットから、ちらっと写り込む小道具まで作り込まれている。ファッションを伝えるビジュアルで、それ以外のところに相当な時間をかけているようだ。
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実際のロバを使い、大量の荷物を背負って移動する男のヴィジュアルを制作した「Los Vaqueros」シリーズから。テーマはコーマック・マッカーシーの小説『国境』三部作からインスパイアされた。(『Subsequence』vol.7掲載)
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こちらも重い荷物を背負い登山するシェルパの写真から着想したシリーズ「Difficult Beyond Here」から。(『Subsequence』vol.3掲載)
それに、〈visvim〉が版元の雑誌だから最新のコレクションのアイテムを使っているわけだけど、肝心の洋服が(あまり)写っていないし、クレジットと呼ばれる商品の説明が書かれたテキストも載っていない。
私が『POPEYE』で見た現場は、簡単に言えば「東京の街にいるかっこいいシティボーイ」というドキュメンタリーとフィクションの間だったのに対して、こちらは現実味のあるファンタジーの世界。両者に共通する舞台裏の仕掛けがある気もするが、そもそも彼らのビジュアルはどうやって作られているのか? 想像してもわからない。
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オフロードサイクリングをテーマに、イングランド南西部で撮影した「This is the Life」シリーズでは、現像し制作したプリントやテキストのラベルなどを手で切り貼りした。(『Subsequence』vol.4掲載)
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スウェーデンの風変わりな船大工スヴェン・ユルヴィンドからヒントを得て制作された「Seas The Day」シリーズから。(『Subsequence』vol.5掲載)
今回、雑誌『Subsequence』vol.7の刊行を記念して、サミュエルとスティーヴンがこれまでに本誌のために制作した作品の写真展を中目黒の『VISVIM GENERAL STORE』にて開催している。この機会に、本人たちに「撮影現場の“ウラ”を教えてほしい」と思い切ってお願いすると、快くOKをいただいた。
中目黒の『VISVIM GENERAL STORE』で9月16日(月)まで、『Subsequence』vol.7発売記念の写真展「サミュエルとスティーヴンの仕事」が開催中。
毎号、編集部から二人に与えられるお題は「本誌テーマに沿うものであること」のみだという。ゼロからのスタートでこの世界観に辿り着くまでのプロセスはどんなものだろう。
サミュエル「撮影の話をもらったら、まずは二人のどちらかがもう一方にアイデアやそれを象徴する写真をメールする。例えば、vol.6の“Derby Rotten Scoundrels”の撮影では、『レッドブル・ソープボックス・レース』の動画を送り合ってね。会話はくだけたもので、連絡をする前に設計図となるクリエイティブ・ブリーフの全体をまとめる必要はないと思っているんだ」
ファッションの撮影現場は、フォトグラファー、スタイリストだけでなく、ヘア、メイク、モデル、エディターなど、大勢がチームとなって取り組む。チームに撮影の方向性をシェアすることも大事なステップだ。共有のためのツールを作るのはサミュエルだという。
サミュエル「スティーヴンと僕が方向性を決めたら、僕はクリエイティブ・ブリーフを作り、セットデザイナー、ヘア、メイク、キャスティングなど幅広いチームに共有する。イメージする写真やスケッチ、手書きの文字なんかが埋め尽くされている、ムードボードのようなものだね。それを見た人たちにワクワクしてもらいたい。僕たちが作ろうとしている世界を、まずはチームに理解してもらう必要があるからね。僕は撮影までの準備に対して、正直とても厳しい方だと思う(笑)。すごくクリアにしたいんだ。ただ撮影現場に行って、『何が起こるか見てみよう』ということは決してない。撮影にたどり着くまでにかなり詳細まで詰めるぶん、現場では実験する余地がある」
「Derby Rotten Scoundrels」の撮影の裏側。正直、映らないかもしれない車体の裏側にまで細工が仕込まれている。
荷物の塊を担いだ馬、空飛ぶボックスカートのクラッシュ、身長3メートル超の女性など、ユニークなビジュアルが撮影前に二人の頭の中で明確に描かれているのだ。「そういったアイデアはどこで思いつくの?」と聞けば、「もうすでに次の3号分のアイデアがある」のだとか。
サミュエル「最近はとてもスムーズに浮かんでくるようになった。僕は画像のアーカイブや参考資料を几帳面に整理しているんだ。画像を見つけて、それにメモを走り書きすることもある。今年から、想像力を鍛える訓練として、画像を一枚貼り、それに対しての短編映画のアイデアを書き留めることを始めたよ。今は映画監督としての活動にも興味がある」
一方でスタイリストのスティーヴンは、コーディネートを決めるまでに、まずは人物像を見つけるところから始めるという。
スティーヴン「キャラクターのアイデアは、現実世界や本で見たものから生まれている。ストーリーを作る時が来ると、まずは印象に残った人や画像を見つけたときに抱いた感情を再現して、それをコレクションに反映させることをゴールにしている。〈visvim〉の洋服には時代を超えた魅力があるから、時間を超越した感覚でストーリーを作れるんだ」
たった一枚のカットのために、スタッフやモデルたちの膨大な時間と手間、労力が注ぎ込まれる。
二人の作るビジュアルは、映画的であるから納得できる。どこかの世界の登場人物の物語を見ている感覚になるからだ。実際、vol.6の撮影では俳優をキャスティングし、表情やセリフまでも指導した。
最近はオンラインプラットフォームが主要なメディアとなり、印刷ビジネスの規模が収縮していることは事実。サミュエルとスティーヴンも紙媒体に関わる仕事は減ってきているという。その中で『Subsequence』という雑誌で〈visvim〉というブランドの価値観のアウトプットをすることにどのようなことを感じているのだろうか。
サミュエル「僕は、コンテンツを丁寧にキュレーションする雑誌の撮影が好きなんだ。それに、〈visvim〉は着込んだような風合いの服を作っていて、ヴィンテージに近いものを感じる。そのおかげで現実感のある稀有なファッション写真を撮ることができるし、それがタイムレスなイメージを作るために欠かせない要素となっている。この世界の一員であることをいつも誇りに感じているよ。『Subsequence』は、他のどの雑誌とも異なっているから、僕らが作る作品も完全に『Subsequence』のためのもの。他のどの雑誌でも通用しないと思っている」
サミュエルとスティーヴンが作るビジュアルは、〈visvim〉そのものの世界観やムードとは少し異なるかもしれない。だけど、二人が〈visvim〉というブランドの価値観を理解し共感した上で、それを「素材」として彼らの視点で自由に料理し、『Subsequence』という器の上で、クリエイションを行なっている。それは「工芸的」とも言える丁寧でスローな誌面づくりが特長の『Subsequence』だからこそ成り立つ。ブランド、雑誌、クリエイターの3者のコラボレーションの壮大な「遊び」の感覚こそが、このページの魅力にある。
冒頭で述べた私が体験した現場でも同じく、「『POPEYE』誌上でこそ起こるマジック」というものがあった。洋服や価値観の新しい見方によって読者を楽しませるのがクリエイターたち。方法は違うけど、ただのブランドのスポークスマンに終わらず想像的なファッションページを作ろうとしている点で、同じ志を持っていると言えるはず。ファッションをめぐる状況が消費主義で即物的なものになりがちな今、こうした「遊び」によってマジックを生み出す彼らの考え方は、面白くてかっこいい。雑誌の中にあるビジュアルページをよくよく見てみれば、その奥に隠れたクリエイティブ・スピリットが伝わってくるはず。どうかじっくり読み解いてほしい。
プロフィール
Samuel Bradley
サミュエル・ブラッドリー|イギリス出身の写真家。UCAファーナム校でファインアートと伝統的な写真術を学ぶ。ファッションブランドや美容メーカーなど多くのクライアントを持ち、現在は写真にとどまらず、映画やミュージックビデオなど映像作品でも活躍する。
Officail Website
https://samuelbradley.com/
Stephen Mann
スティーヴン・マン|イギリスを拠点に活躍するスタイリスト。ジャンルレス、タイムレスな独自のファッション感を持ち、ブランドの個性を引き出す仕事に多くの支持を得ている。ブランディングや撮影監修などファッションにまつわる様々なオファーに応えるクリエイティブ・コンサルタント。
インフォメーション
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Subsequence Salon vol.4 Samuel and Stephen's Works 「サミュエルとスティーヴンの仕事」
会期:9月7日(土)~9月16日(月)
住所:VISVIM GENERAL STORE / VISVIM GALLERY
東京都目黒区青葉台1-22-11
雑誌『Subsequence』のディレクションによって選び抜かれた古今東西のアート&クラフトを期間限定で展示・販売するポップアップ〈Subsequence Salon〉の第四弾。今回は、vol.7の刊行を記念して創刊号から「visvim」「WMV」のファッションページを制作するフォトグラファー、サミュエル・ブラッドリーとスタイリスト、スティーヴン・マンの協力のもと、これまでに誌面に掲載した写真を中心にアザーカットも含めて選定した10数点の作品を展示・販売。フィルムカメラで撮影した写真を印画紙にプリントした作品ならではの、キャストの微妙な表情のニュアンス、プロップや洋服の細かなテクスチャーなどを存分に味わえる。
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