トリップ

ゴールドラッシュをめぐる冒険 in New Zealand Vol.9

写真・文/石塚元太良

2024年9月11日

 ニュージーランド渡航の最大の目的である『リッチバーン』の撮影を終えて、終日クイーンズタウンの街を自転車で徘徊した。クイーンズタウンは、ワカティプ湖に面した坂の街で、自転車向きの街とは言いづらいが、その湖沿いには理想的なマウンテンバイクにも適した自転車道が整備されていて、地元の人はびっくりするくらいの速度で、自転車をすっ飛ばしている。

 京都やパリのような都市観光だけではなく、自然へのアクセス拠点の街も、オーバーツーリズムと言われる現象が最今では著しい。ここクイーンズタウンもその例外ではない。富裕層は世界中に拠点を持ち、自然の景色を堪能しながら、マーケットの動向や種々の情報収集を行い、あらゆる場所へと指令を飛ばし、再投資に余念がない。

 湖沿いのいかにも富裕層向けのリビングでは、ガラス張りの奥に中国系のファミリーの集いが見える。現代の「ゴールドラッシュ」は、より多層的で複雑で、同時多発的にグローバルに展開され、その営み最先端を捉えたものが勝つ世界である。そんな世界経済と呼ばれる大きな大きな流れは、決して後戻りすることなく、僕らを濁流のように飲み込みながら、気づかぬうちに誰も知らないどこかへ運んでいくのだろう。

 僕は、坂道を自転車に乗りながら、よりシンプルでよりプリミティブで牧歌的な、100年前のゴールドラッシュ時代に思いを馳せてしまう。それはただの懐古趣味とも呼ばれる一つの郷愁。が、しかし一つ言えることは、僕らの作る文明の未来とは、潜在的に「廃墟」として成り立っているということだ。

 僕らは、各種のテクノロジーを生み出しては、元来の飽き性で、その更新された技術を捨て去ってゆく。電気自動車を生み出せば、内燃式エンジン自動車は古く無用のものとなり、デジタル式カメラを生み出せば、フィルム式のカメラはそのマーケットから弾かれる。永遠にあまたの「廃墟」を生み出しつつ、文明や文化を更新し続けなければ、生存していけない悲しい性をもつ生き物なのだ。さらにその技術進歩は21世紀に入り、加速度的に早まるばかり。

 本質的に写真を撮影するということ自体もきっと「廃墟」を撮るという事なのだろう。未来に向けたものでありながら、写真は常に「現在進行形の過去」しか写すことしかできないのだから。

さてさて。残るニュージーランドでの時間も2日と少し。最後まで粘り、ゴールドラッシュの地図の中を旅したい。クイーンズタウンから北へ50キロ。グレノーキーの集落の近郊にインシブル・マインと呼ばれる史跡があり、そのあたりの山の中に入っていこうと思う。

 グレノーキーまではこのクイーンズタウンから自転車で行けるのか。Googleマップの見通しだと、直線距離で48キロ。ただ、問題は高低差が600メートルも以上あり、その起伏を表すグラフはまるで、詐欺師に嘘発見機をあてがった時のように、乱高下している。

 こんな行程を自転車で行けば、確実に帰国便を逃してしまう。けれど、今日空きのあるレンタカーは一台も見当たらない。こんな時は、数多の検索行為から離れて、レンタカー屋さんを片っ端から回るのが一番である。それもまた自転車のなせる技である。

何件かのレンタカー屋さんに取り付く島もない対応をされたあと、一件の小さなレンタカーカンパニーで見つけましたよ。一台のレンタカー。対応してくれたアジア系のお兄さんは話した瞬間から感触が良かった。融通が効くとはまさにこのことか。

 「早めに返す予定の車が、今日の午後の5時にあるからそれだったら、今日から乗っていいよ。けれど、明後日の12時には返すように。絶対に返却時間を遅れてはなりません。次の予約が入っているから」と。

 小さな倉庫を改造して作ったレンタカーのカンターの奥のガレージでは、いかつい体格をしたおじさんが、レンタカーの車内の清掃していた。漆黒の肌をしたタヒチアンだった。

 クイーンズタウンの都会にいると忘れてしまうが、ニュージーランドは南半球の孤島である。広い海をタヒチやフィジーとマオリの文化で結ばれている。タヒチ出身の人たちが出稼ぎにきてもおかしくはない。

 興味を持っておじさんの出身をもっと聞くと、なんとタヒチ領のマルキーズ諸島からやってきたという。マルキーズ諸島。フランスの画家のゴーギャンもその習俗と気候に惹かれながら、タヒチに渡り、終生の棲家としたことで有名なマルキーズ。1980年代までカニバリズム(人肉嗜食)の習慣が残っていたとも言われる野生の残る文化人類的にも重要な場所である。レンタカーの車内を掃除する彼も、どこか海の民のオーラを漂わせているのだった。

 午後の5時まで時間を潰し、無事にその一台のレンタカーでグレノーキーの街へ出発した。クイーンズタウンの街からは、大きなカーブを描いてひたすらに北上していく。

 湖沿いを行くそのドライブは爽快だ。氷河湖に削られた対岸の山脈は、大きな壁のようにせりあがり、通路のような湖面には風の通り道が見える。その風は一律ではなく、繊細な襞を湖面に孕んでこちら側に抜けていく。

 細長く伸びるワカティプ湖の真ん中には、小さな島が二つあり、自然と小舟でその無人の島へ上陸することを夢想していた。風景の遠近感が薄れていき、まるでミクロの国にいるようだった。久しぶりに信号のある交差点には、グレノーキーの看板が出ていて、車を停めた。谷あいにあるその小さな集落を、すでに気に入り始めていた。

プロフィール

石塚元太良

いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。