TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#2】耳がひらいた日

執筆:園田努

2024年8月22日

 僕の耳がひらいた時のことは、よく覚えている。鈍行列車に揺られる疲れ切った体、窓の外を滑る鮮やかな深い緑、初めての心地よい孤独と、微睡に響く『ディア・プルーデンス』。全てがありありと蘇ってくる。

 確か、僕が中学2年生だった頃だと思う。父親が録画していた音楽番組がビートルズを特集していて、ある夜なんとなく再生ボタンを押したら、それからというもの、不思議と彼らのことが気になって仕方なくなった。

 母親に頼みこみ、iTunesでビートルズのベスト盤を買ってもらったつもりが、そのアルバムは、彼らが実験精神を大いに詰め込んだ『ホワイト・アルバム(the Beatles)』であった(曲数も多くセルフタイトルだから、間違えてしまった)。ほぼ全てが知らない曲で、買ったばかりの頃は聴くたびに首を傾げていたが、このうっかりが僕の人生を思いもよらない方向へと誘うことになる。

 その後、敬愛していたイラストレーター寺田克也さんの個展が京都で開催されていて、青春18きっぷを持って人生初の一人旅を決行したのだが、旅のお供に『ホワイト・アルバム』だけをiPodに入れて、しおれたイヤホンと一緒に持っていった。永遠のように長い鈍行列車の道中で、ビートルズの演奏は一度も止まらなかった。僕だけしかいないと錯覚する、ほとんど人のいない電車の窓ぎわで微睡みながら、耳だけが起きていて、ジョンが僕に語りかける。

「won‘t you open up your ears?(さあ、耳をひらいてくれないか?)*」

 目を覚ますと、電車は岐阜の関ヶ原という駅に停まっていた。聞いたことのある地名と荘厳な山の風景に惹かれ、降り立ってみる。人のいないプラットホームで、連なる山々を眺めながら立ち尽くす。ふとイヤホンを外すと、音世界が生命を帯びたように渦巻いていた。ビートルズのせいなのか、それとも久しぶりに解放された耳が、溢れる環境音に驚いただけなのか、それはわからない。

 二日間の長い旅路の道中で、僕の耳は完全にひらいてしまった。魔法のような、今でも大事にしている思い出である。

*実際の歌詞は「won’t you open up your eyes?(さあ、目をひらいてくれないか?)」

プロフィール

園田努

そのだ・つとむ|1997年神奈川県生まれ。サイケデリックでトリッピーかつ、ニューエイジでメディテーショナルなサウンドが癖になる『maya ongaku』のギタリスト、ヴォーカル、作詞家。8月30日にニューEP「Electoronic Phantoms」を配信。最近公開されたミュージックビデオ「Iyo no Hito」も要チェック!

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