TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#1】耳がひらくということ
執筆:園田努
2024年8月15日
映画監督が街を歩くと、見える景色が全て映画の断片になってしまうように、音楽家にもそういうことがある。僕はそれを「耳がひらく」と呼んでいる。それは意識革命みたいなもので、要するに、聞こえてくる音全てを音楽のように楽しめるということだ。
「聞こえる音全てが音楽だ」なんていうと、いかにも音楽家という感じで鼻につくかもしれないが、割と僕の日常はそんな感じである。おそらく、音楽を作る人は大抵そんな感じだと思う。みんな図らずも耳がひらいてしまっているのだ。
車に乗って信号待ちしているとき。カーステレオから流れる音楽のテンポと、ウインカーの刻むテンポが異なると、二つのテンポが重なっては離れてを繰り返す。そんな時に感じる妙なめまい感が音響芸術的でとても楽しい。鉄筋コンクリートでできた団地の階段にいくと、ついつい手を叩いて反響の質を調べてしまう。コンクリートの空間の反響は、コンピュータでプログラミングされた反響とは完全に異なる。美しい反響の終わりを、静かに待つのが楽しい。これらは数少ない例にすぎない。
こんな感じで、この世界は実に興味深い音響に溢れかえっている。当たり前だが全ての音は基本的に無料で利用可能。しかも最高音質で。
サラウンド再生や立体音響のような技術も、現実空間の音世界を前にしたら太刀打ちは不可能だ。この関係は、人工知能と天然知能の関係によく似ている。バーチャル空間で、自分を取り囲む楽器たちが、自分だけに向かってバンド演奏をするような技術であれば、そんな環境を現実で体験できる機会はなかなかないので、意味のあることだとは思うが。
そんな音に溢れかえったこの世界で、自分が新しい音を生み出す意味を考える。音は無限に存在する。その無限に、僕が音をいくら足しても、ただ無限にしかならない。
ある日、彼女と家で食事をしていたら、左側前方の窓から飛び込んできた工事の音が、壁に跳ね返って右側の壁から鳴っているように聞こえていた。その不思議な現象を楽しんでいると彼女はこう言った。
「この前友達とカフェにいた時、ずっと音楽が流れていると思ったら、カフェから出た時にそれが工事の音だったと気がついた」
僕はとても嬉しくなった。音楽家ではない彼女の耳が、僕の影響でひらきつつある。僕の生み出す音楽が、誰かの耳をひらくきっかけになればいいと思う。
プロフィール
園田努
そのだ・つとむ|1997年神奈川県生まれ。サイケデリックでトリッピーかつ、ニューエイジでメディテーショナルなサウンドが癖になる『maya ongaku』のギタリスト、ヴォーカル、作詞家。8月30日にニューEP「Electoronic Phantoms」を配信。最近公開されたミュージックビデオ「Iyo no Hito」も要チェック!
Instagram
Maya ongaku
https://www.instagram.com/maya_ongaku/
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