トリップ
ゴールドラッシュをめぐる冒険 in New Zealand Vol.8
写真・文/石塚元太良
2024年7月26日
次の日の午後、持参したゴールドラッシュの「宝の地図」の最深部を目指した。プレミア・バッテリーと呼ばれる砕石機が置かれていたその場所は、リッチバーン川の最上流域にあり「スカイタウン」と呼ばれていたという。メイスタウンのベースキャンプからは、12キロほどの急登。順調に歩いて4、5時間のハイクアップでたどり着けるか。
リッチバーンの上流域は、歩いていると露出している岩肌がキラキラしているような感覚がある。地球が今の風景に形成されていく地質時代に、噴火から溶け出した火山岩は、この中央オタゴ州の山々の連なりの淵へと沈んでいき、その後、気の遠くなるような時間をかけて雨が川として、その岩を侵食していった。
かつてのそれら火山岩は現在、このリッチバーン川の流域で、金を含む石英として露出しており、この上流域は、10を数える水力の砕石機が置かれ、1870年代から石英を砕き金を変成させていたという。オタゴ州で最も高度の高い金の採石場も、スカイタウン周辺にあったらしい。
古く、ゴールドラッシュの時代には、人々はある種の「直感」を使って、自然の中に分け入ったのだろう。風景の中のグラデーションに目を配り、川の水を舐め、岩を砕きその肌理を見極めて五感以上の感覚を使って、「輝く富」を探しこのスカイタウンまで辿り着いたのだ。
けれど、高度の高い場所での採石は、その分のコストも高くつく。だんだんその採算が取れなくなると、世界中の様々なゴールドラッシュ時代の史跡同様に、人々は静かに下山していく。後には何の役にも立たない大きな機械だけを残して。
急騰の登りに苦労しながら、とりわけ巨大なハワードソン・バッテリーを横目に見て、プレミア・バッテリーの跡にたどり着く。スカイタウンの名の通り、どこかここは天空に残された遺跡のようでもある。そばには年代物の避難小屋もあった。
その避難小屋のドアを開けて驚いた。時代をタイムトリップするように、古い新聞紙が無数に貼り付けられていて、それらの画像が僕を圧倒する。エリザベス女王の来訪を伝えるニュース画像。かつてこの土地に暮らしていたマオリ族の肖像画。競馬場で走る馬たちと、ポーズをとる麗しき女優たち。その画像はまるでどこか洞窟の中の壁画のようでもある。
そういえば、オーストラリアで先史時代のヒエログラフィーを見に行った時も、それらの壁画は彼らの寝床の天井のような岩肌に描かれていたっけ。
時代に残されたこの小屋の画像たちは、僕にはとても象徴的なものに思えた。それらの画像は集合的な夢の跡形だった。僕らの人類の欲望と栄華の形にした夢そのもののようだった。
金を生成させる何億年という、僕らの想像の外側にある大きな大きな地球時間と、人類の歴史というそれに比して小さな時間。そしてたかだか100年弱という僕という人間の一番小さな時間。写真を撮影することで、その3つの時間の円環を何とか交差させることができるだろうか。僕らが鉱物を通して感じられる地球の時間はあまりにも大きく、ブラックホールのように結局いつかその全てのものを飲み込んでしまうことだろう。
開けた小屋のドアを閉じると、内部には金を探していた当時の人たちの声が微かにこだましていた。僕らよりもいくぶん野蛮でいくぶん粗野だったゴールドラッシュ時代の彼らは、隆起させた筋骨で、片岩の隙間に固いツルハシを突き立てて続けていた。彼らは眩いばかりに輝く鉱物を飽きるほどに見つめることを欲していた。なぜならその鉱物は一回きりの人生のうちで夢見るあらゆる種類の出来事を叶える力を秘めていた。そして何よりその眩さのうちには、この気の遠くなるような地球の時間に至る唯一の道標が含まれているのだった。
プロフィール
石塚元太良
いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。
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