トリップ

ゴールドラッシュをめぐる冒険 in New Zealand Vol.6

写真・文/石塚元太良

2024年7月6日

photo & text: Gentaro Ishizuka

 次の日、この旅の最大のハプニングが起きた。リチャードソンバッテリーを超えて、ユナイテッド・ゴールドフィールド・バッテリーやオールネーション・バッテリーにむけて、地図を頼りに歩き始めるが、リッチバーン川の分岐点からシルビア川を遡上していく道に入ると、トレイルは消えてただの獣道のようなものになる。藪漕ぎというか、生い茂った木々や草をかき分け、川に入り横断しながらでなくては前に進めない。

 100年以上の年月は人の通った後をかき消し、覆い尽くすのに十分な年月である。なんとか2時間ほどの藪漕ぎで、ユナイテッド・ゴールドフィールド・バッテリーや、オールネーション・バッテリーにたどり着き、それらのゴールドラッシュの史跡を撮影した後、機材をリュックにしまい、三脚をリュックの脇に括りつけて、分岐点まで1時間ほどかけて下っていった。

 そこでリュックを下ろし初めて「事件」に気付いた。なんと三脚の3本の足のうちの1本がない。藪漕ぎしている時に、3段に収納できる足の下部をどこかに落としている。きっと収納した時に足のロックが甘かったのだ。 

 とにかく、三脚なしで8×10の撮影は不可能だ。三脚とは足が3本あって初めて安定するのであって、2本の足では自立しない。1時間ほど来た道を念入りに戻り返すが、落としたであろうカーボンの足はどこにもない。何度か川に降りて、横断しているのもあり、落とした場所が特定できない。

 困った。これは困った。旅の中では、何をなくしても困るけれど、撮影機材に関わるものだけは何物にも変え難い。木の枝を削って、カーボンに代用できるだろうか。クイーンズタウンに戻れば、カメラ屋さんくらいはあるだろうか。頭がぐるぐると考えを巡らすが、冷静に考えてこのトレイルのない自然の中で、カーボン製の棒を見つけ出すのは絶望的だった。

 考えうる一番の最適解は、テントに戻り持参してきたハイキングポールを使い、三脚の足に代用するというものだ。ハイキングポールは細く心もとないが、一番真っ直ぐで失くした三脚の脚に近い。キャンプマットを縛るゴム製の結束バンドで思いっきり縛ればなんとか、重いカメラが自立するようになるのではないか。

 撮影を中断して、一旦ベースキャンプに戻る。ベースキャンプで三脚にハイキングポールを継ぎ足してみると、ハイキングポールは危なっかしさはあるものの、なんとか三脚の足に代用できそうである。これぞ、ブリコラージュというべきか。

 ただ問題は、重たいカメラを載せると微妙にたわみ、この三脚の状態では遅いシャッタースピードで撮影できないこと。たわみが時間をかけて安定するまで、静かに待ってからしか撮影ができない。

 けれど結果的にこのスタイルが、今回の旅の後半を通して、僕に新しいものの見方を与えてくれたような気もする。レンズの絞りを開け、いつも以上に慎重にピントを合わせ撮影しなくてはならないため、対象の取り込み方が今までと変わってきて世界が新鮮に見え出した。

 旅はいつもこんなハプニングの連続。避け難いハプニングを自分の中でどんな風に受け入れて、どんな風に解決していくのか。そんなプロセスが思わぬ「芸」を生み出す。

 ベースキャンプに戻ってから、持参した最後の晩飯を食べ終えると、遅くとも明日の朝には下山しなくてはならない。とにかく、ブリコラージュ三脚でテスト撮影を繰り返しながら、ニュージーランドの6日目が暮れていった。

プロフィール

石塚元太良

いしづか・げんたろう|1977年、東京生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。