ファッション
シティボーイが一人前になるための普段着。
2024年2月18日
HOW TO BE A MAN
photo: Hirokazu Kobayashi, Kazuharu Igarashi, Aflo, Getty Images
illustration: Yoshifumi Takeda
text: Koji Toyoda, Satoshi Taguchi, Ryota Mukai
edit: Tamio Ogasawara
2019年12月 872号初出
最初にジャケットを一着持つ。
大人かそうでないかは、ジャケットをきちんと着ているかどうかで決まる。然るべき場所でも、そうでなくても、ジャケットの一着も着られないようでは大人にはなれない。羽織れば中がTシャツであっても、ある程度ちゃんとした人に映るのだから、こんなにわかりやすいマイ・ファースト・大人アイテムってない。しっくりくる一着とめぐりあいたいものだが、仕立てや素材がよければそれでいいというわけでもなく、着ていて舞い上がらないようなものをじっくりと選んでみたい。
太めのラペルにクルミの3つボタンというこのクラシックなジャケットは〈グッチ〉のもの。生地はモールスキンで、パッチポケットが付く。シルエットはゆとりがあって、カーディガンのようでもあり、毎日でも着たくなるラフさも兼ね備える。大人ってやつは、なろうとしてなるものではなく、気づいたらなっている。決して安い買い物ではないが、忘れられない思い出があったほうが、のちのちちょっと楽しい。
ハンガーはひと工夫する
上等なジャケットでも肩が崩れたら台無しなので、大人はハンガーにも気を使う。専用ハンガーもいいけど、どれも立派すぎて若輩の家にはまだ合わない。じゃあどうするか? 『ジャンティーク』の内田斉さんから教わった技なのだが、手持ちのハンガーにバンダナを巻きつけ、肩が当たる先端を丸くするというひと工夫。形にこだわらず、服を大切にするという気持ちが大切だ。
ブラッシングは怠りなく。
ジャケットを長く大事に着るには日々のケアが重要である。帰宅後、ジャケットを脱ぐや否やブラッシングする習慣を身につければ、汚れやホコリの蓄積を防ぎ、見えない繊維の絡まりを整えることができる。ブラシは少々力を込めて叩くように掛ける。柔らかい馬毛なら生地を傷める心配もない。
自分の体型を心得る。
意外かもしれないが、体格のいい人にはシングルが、スリムな人にはダブルがベターとされている。感覚的に逆だと思っていたが、これは欧米に古くからある方法論で、ポイントはVゾーンの面積。面積が広いシングルには縦長効果が、狭いダブルには膨張効果がある。シングルでもVゾーンが最大になるワンボタンは背の低い人に、最小のスリーボタンは背の高い人に向くという。あくまでも方法論だが、自分の体型を客観的に把握するのは大事だね。
ツイードを長く大事に着る。
突然、ツイードジャケットに袖を通しても、ツイードの本当の魅力には気づかない。硬くてゴワゴワしていて、正直着づらいものだが、『ダーティハリー』のクリント・イーストウッドが着るツイードは体に馴染んでいて貫禄もある。白洲次郎先輩も「3年は我慢」と語っていたように、年を重ねてようやく、柔和でいい表情になっていくのが、ツイードの魅力である。
日本のツイードの歴史を知る。
ツイードの日本史は約100年前まで遡る。柳宗悦や志賀直哉などの白樺派が、イギリスのカントリージェントルマンのライフスタイルに影響を受け、日本橋の『丸善』に生地の輸入を働きかけたのがひとつ。その前夜、岩手には製造方法が伝わり、ホームスパン(小さな共同体で作れる織物)という愛称で今も手紡ぎ手織りの技法が受け継がれる。かの宮沢賢治は、農閑期の仕事として奨励し、自身もツイードのジャケットを愛したという。日本にもいいツイードは存在するのだ。
正統も崩し方も知っている。
スーツは大人の服ゆえに明確なルールが横たわっている。ベルトと靴の色は揃えたほうが無難とか、異なる柄を重ねないほうがベターとか。なのに、である。英国人俳優のトム・ヒドルストンは、チェックとストライプとドットを一度に全部コーディネート。写真の巨匠、ウィリアム・エグルストン先生はだいたいボウタイを結ばないし、映画監督のスパイク・リーは、いつもどおりのブラックカルチャースタイル。
どれもスーツのお作法からは外れている。だけど『ハムレット』にこんな言葉もある。「ここの流儀も知っているが、それは守るより破ったほうが名誉になる慣習だ」。ルールを破ることにもやっぱり価値はある。だからまずはスーツのルールを覚えよう。そして堂々と破ろう。
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