カルチャー

「介護なんてもうちょっと先でしょ」と思っている若い人にこそ観てほしい。

映画『ロストケア』の長澤まさみさんにインタビュー。

2023年3月24日

text: Keisuke Kagiwada

©2023「ロストケア」製作委員会

『ロストケア』は、日本社会が抱える介護問題に肉薄する社会派ドラマだ。主人公は訪問介護センターで働く斯波宗典。介護家族からも慕われる献身的な職員だ。しかし、とある事件をきっかけに、彼が40人以上の老人を殺害していたことが発覚。事件を担当することになった検事の大友に、斯波は語る。いわく、自分の行動は、寝たきりの老人やそれを支えるために生活を犠牲にする家族への「救い」だ、と。大友を演じた長澤まさみさんに話を聞いた。

ーー今回、『ロストケア』への出演を決めた最大の理由は何だったのですか?

最初は、松山(ケンイチ)さんですよね。私にオファーが来た段階で、松山さんが斯波を演じることは決まっていたのですが、一度お芝居をしてみたかったので。それで台本を読んでみたら、最後に取調室で斯波と大友が交わす言葉が、すごく心に刺さって。演じてみたいなと思いました。

ーー長澤さんは大友をどんな人物だと捉え、演じる上ではどうアプローチしていったのですか?

最初に台本を読んだとき、大友はすごく優秀なエリートで、その能力をしっかり見込まれてこの事件を任されているなって印象を持ったんです。だから、「できる人」って部分が、観る人に伝わるといいなと、まず思いました。大友は検事なので、劇中には人と向き合って話すシーンが多いんですね。その向き合い方だったり、相手に対する反応の仕方だったりに、誠実さが現れると思ったので、その辺は特に大切に演じるよう心がけました。

©2023「ロストケア」製作委員会

ーー役作りに際しては、大友と自分の似ている点を探したりもしたんですか?

それはあんまりしてないかもしれません。やっぱり台本から感じた第一印象を大事にしたいので。ただ、今回に関して言えば、自分の倫理観を否定されたら、大友のように反論したくなるのかなぁとは思いました。私も自分がこうだと思ったことを、割とちゃんと発言したいタイプなので。「あれ、それ違うのに」と思ったのに口にしないで我慢すると、ストレスになっちゃうじゃないですか。それだったら、ちゃんと話したいんですよね。そういうところは、大友と似ているかもしれません。

ーー最初に長澤さん自身も「心に刺さった」と仰っていましたが、本作のラスト近くには、自分の犯したことは「救い」だとする斯波と、「それは間違いだ」と反論する大友が、互いの倫理観をぶつけ合うシーンがあります。観ているこちらの倫理観も揺さぶってくる強烈なやり取りでしたが、演じながらどんなことを思われましたか。

斯波のやったことは犯罪だけど、その考え方が完全に間違っているとは誰も言えないと思うんですよ。それは大友自身も思っていたんじゃないですかね。だから、自分の倫理観が揺らぐ中で、法律に則って物事を判断しなきゃいけない大友は辛かっただろうなと思います。でも、難しい問題ですよね……。

ーーですよね。でも、何が正しいのかの判断を観客に委ねてて考えさせようとしている点が、この映画の誠実なところだと思いました。ところで、本作への出演の決め手は松山さんだと仰っていましたが、実際に共演してみていかがでしたか?

もう本当に楽しかったですね。同じ想いで現場にいられたっていうのも、撮影後にわかったりしたので。

ーー同じ想いとは?

別に事前に決めたわけではないんですけど、集中するためにお互いに現場では話しかけないようにしていたんです。やっぱり、現場で仲良くしていると、カメラはその関係性を映し出しちゃうと思うんですよ。『コンフィデンスマンJP』なんかにはそれが滲み出ていますけど、大友と斯波は仲がいいわけではないので。撮影する段階で初めてちゃんと向き合えるっていう環境を作っていただけたのは、ありがたかったです。

ーーなるほど。最後に『POPEYE』読者の若いシティボーイ&ガールにメッセージをお願いします。

若い人は「介護なんてもうちょっと先でしょ」と思うかもしれません。だけど、ヤングケアラーの事もあるように、若い人とも無縁じゃないと思うんですよ。それに日本では少子化問題もあるので、もう少し年を重ねたら介護に向き合うことになる人も多いんじゃないかと思います。だから、まずは「こういうことがあるんだな」と知るためにも、若い人にも観てほしいですね。『POPEYE』でも、ぜひヤングケアラーの方に取材してほしいです。

インフォメーション

ロストケア

ロストケア

日本では、65歳以上の高齢者が人口の3割近くを占め、介護を巡る事件は後を絶たない。この問題に鋭く切り込んだ葉真中顕の第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作を、「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」、「そして、バトンは渡された」の前田哲監督が映画化。「救い」として老人たちを殺害する介護センター職員と、法的な正義を貫く検事が、互いの倫理観をかけたバトルが繰り広げる。

プロフィール

長澤まさみ

長澤まさみ

ながさわ・まさみ|1987年、静岡県生まれ。2000年、第5回「東宝シンデレラ」オーディショングランプリを受賞。同年、女優デビュー。近年の出演作映画は、『コンフィデンスマンJP 英雄編』『シン・ウルトラマン』『百花』など。最新出演作『ロストケア』が3月24日より公開される。