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【#3】しじゅうのてならい

執筆: 松尾諭

2023年3月1日

illustration & text: Satoru Matsuo
edit: Yukako Kazuno

 十年以上前、とある大型ドラマの撮影現場ではゴルフをやっている共演者が多く、撮影の合間には皆ゴルフの話ばかりするので退屈で仕方がなく、その辺りからゴルフが嫌いになった。

「お前もゴルフやらないか」

と誘われる事も何度かあったが、スイングで体のバランスが歪みそうだとか、ゴルフ場は環境破壊をしているだとか、お金がかかるからと言って断っていた。そうゴルフはお金がかかる。当時は生活に余裕もなく、一本数万円もするゴルフクラブを何本も買うなどとんでもない話だった。それを察したのか、先輩俳優がお古のクラブのセットをくれると言う。少し心が揺れたので妻に相談すると、

「ゴルフなんかやるの」

と顔をしかめた。妻の感覚は常に正しい。

 共演者たちとは撮影が終わった後も年に一度、集まり食事をするほど仲良くなったが、毎度のごとく彼らはゴルフの話で盛り上がる。

「お前もゴルフやればいいのに」

先輩からの誘いもずっと固辞し続けてきたが、四十を境に考えを改めた。やらずに否定するのはいかなるものかと。

「じゃあ一回だけ行ってみます」

 答えると話は一気に進みその翌週に、いつも誘ってくれる年下の俳優と先輩俳優の三人で千葉のゴルフ場に行くことになった。二人とも売れっ子である。彼らとは三人で旅行もした程仲良くはしていたが、この二人と一緒にいるといつも激しくおちょくられる。それはイジメにも近いほどのイジりで、彼らとゴルフなんて行ったらいつもに増してボロクソに言われるんではないかと不安だったが、その日は何から何まで勝手が違った。
家の前まで車で迎えにきてくれるし、高級ゴルフクラブを貸してくれるし、スイングから何から手取り足取り教えてくれる。二人ともとにかく優しい。いざコースに出てボールを打ってみると、球は大きく右の方へと飛んで行っても二人は「初めてでそんなに飛ばすのはすごい」などとしきりにほめてくれる。居心地が悪くなるほど優しかった。

 プレイ中も二人は事細かにアドバイスをしてくれたが、そうは言ってもなかなか上達するものでもなく球は思い通りに飛んではくれない。飛んだボールの場所までちんたら歩いていると後に続く他の客を待たせてしまう、結果走りっぱなしとなり、ゴルフが思っていた以上にハードなスポーツだということは良く分かった。二人はそれを「頑張れ」と優しく励ましてくれ、その都度次のグループに「すいません」と大きな声で謝ってくれた。二人は終始優しかった。

 十八のホールを周り終え、ゴルフ場にある大浴場で汗を流し、近くの中華料理屋に入った。熱い湯とラーメンと餃子は疲れた体には最高のご褒美で、加えて優しい二人と一日を振り返り大いに笑いあった。
 最後まで憎まれ口を叩かれるような事はなく、帰りも家の前まで送ってくれた。

「絶対上手くなるからゴルフやったほうがいいよ」

 まんざらでもなかったが、正直なところゴルフは面白いとは思えなかった。ただ二人とならまた行きたいと思ったので、年に一度は行くことにした。ところがその翌年は新型コロナウィウルス感染症の流行によりゴルフどころではなくなり、そのまま今日に至る。コロナ禍は落ち着きを見せたが、二人からの誘いは今の所ない。やはりゴルフとは縁がないのかもしれない。

プロフィール

松尾諭

まつお・さとる | 1975年、兵庫県尼崎市生まれ。役者を志して上京し、2000年映画『忘れられぬ人々』で俳優としてデビュー。オーディションで『SP 警視庁警備部警護課第四係』のメインキャスト役に抜擢され、注目を集める。2020年初の著作、「自伝風」エッセイ『拾われた男』を刊行。ディズニープラス/NHKでドラマ化される。出演映画作品に『テルマエ・ロマエ』『進撃の巨人』『シン・ゴジラ』『地獄の花園』、ドラマ作品に『最後から二番目の恋』『デート』『ひよっこ』『わろてんか』『舞いあがれ!』、舞台作品に『アルトゥロ・ウイの興隆』『しびれ雲』など多数出演。