ライフスタイル
【#2】色鮮やかな靴で渋谷を歩いた日
2022年12月17日
text: Grigore Irina
edit: Ryoma Uchida
色鮮やかな靴で7年ぶりに渋谷を歩く。紫と黄色、ネオンブルーとピンクの混ざった靴を、エレベーターのフランス人夫婦がジロジロ見ていた。中学生の時、靴は一足しかなかった。それはレモン色で、当時の暗い想いを吹き飛ばすような鮮やかさだった。迷子になった女の子の気分で渋谷を歩く。7年以上前に手術した後、当時住んでいたアパートからバスですぐだったので、人が見たくなったら渋谷まで出てずっとあたりをうろうろしていた。あの時も今も、渋谷とは一人で来るところではないと気付く。
久しぶりに駅にある岡本太郎の絵を見に行こうと思ったが、なぜかスクランブル交差点へ。人の波に飲み込まれそうになった瞬間に方向転換して109へ向かう。いつも、私は急に波と違う方へ歩き出してしまう。なぜか、「狼が死んでいた」と不思議な声が聞こえる。どこから来ているのか疑わず、あまりにもシュールな声に涙が出る。すれ違う人がたまに私の方を見る。すれ違う外国人がどこの国なのか当てようとする。きっと私が東ヨーロッパなのはすぐバレる。東ヨーロッパの人の目が悲しいとよく言われるから。
朝、ホテルで起きた時、グラスに残ったルビー色のワインの上にそのまま水を注ぐと、濃いルビー色は薄い血の色に変わった。最近あった悲しい出来事を思い出して泣きはじめる。ジワジワから激しい涙まで。窓の近くのマスタード色のソファーで丸くなって、悲しいことを頭で映画のように再生させて、ソファーと一体化するまで泣く。窓から見える朝の渋谷の色、空の色、ソファーの色、ワインの色は昨日の夜と全然違う。友達からもらった花の匂いを近くで感じる。外を出なきゃ。
エレベーターの前で待ったら、突然大きな自動掃除ロボットが私に近づいて「どうしたの?」と聞かれる感じがしたが、人がいるとセンサーが判断した瞬間に、まるでお化けでも見たようにロボットが私から逃げた。私に悲しい出来事があっても誰も知らない。渋谷の真ん中で服を脱いで裸で踊ろうと一瞬思う。ジーン・リースが『あいつらにはジャズって呼ばせておけ』でやったように。彼女のいう「骨まで疲れた」とはまさに私の今の状態だ。「人生とは映画じゃない」と昔、弟に言われたことを思い出すが、私には映画にしか見えない。携帯のメモリーから映像と写真を消すのと同じ。脳からメモリーを消せばいいのに。
昼に食べた高いローストビーフサンドはこの世のものと思わないぐらいまずかった。隣のテーブルで仕事に夢中になっている若い男性の坊主頭にある大きな、鬼の爪で傷つけられたような手術の跡らしいものをずっと覗きながら、残りのサンドイッチを飲み込む。そっか、私だけ傷を持っているのではなかった。青森についたら、誕生日ではないのに「お誕生日おめでとう」で娘が迎えてくれた。「バヌアツどうだった」と聞かれる。なぜかバヌアツに行ってきたと思い込んでいるらしい。確かに、今回は東京ではなく、遠い旅に行ってきて、生まれ変わったかもしれない。
プロフィール
イリナ・グリゴレ
1984年、ルーマニア生まれ。2006年に日本に留学し、翌年から獅子舞の調査をはじめる。一時帰国後の2009年に国費留学生として来日。弘前大学大学院修士課程修了後、東京大学大学院博士課程に入学。主な研究テーマは北東北の獅子舞、女性の身体とジェンダーに関する映像人類学的研究。今年7月には初のエッセイ集『優しい地獄』(亜紀書房)を出版。現在はオートエスノグラフィー、日本における移民の研究を始めている。
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