ライフスタイル
【#1】コロナくんと星の埃
2022年12月10日
text: Grigore Irina
edit: Ryoma Uchida
娘は家の外を出て雪で遊びながら突然に優しい声で「コロナくんいた」と言う。よく見ると雪のなかから色鮮やかな顕微鏡で見えるコロナウイルスにそっくりなオモチャのパーツがあった。昨年の誕生日会で小さなパズルをもらったときの一部だ。スライムのラメと同じように家の中で散らかして踏んだりしていたので、子供にバレないように少しずつ捨てたつもりだが、たまに家のどこかで見つける。
スライムのラメがカーペット、壁、カーテンなどに光っているけど、このパズルが一年振りに現れた。娘がこのような呼び方をするまで、ただのトゲトゲしたプラスチックのオモチャしか見えなかった。でも雪の中で見つけた時に言われて見れば、あれはコロナウイルスにしか見えない。娘は「くん」をつけたということは、子供の目から見たコロナの性別は男の子ということなのだ。というより、声のニュアンスから読み取れば友達に近い存在なのだ。8月に家族全員が次々と感染した時、次女が一番長引いたので、きっと忘れ難い「友達」になったのかもしれない。
![](https://popeyemagazine.jp/wp-content/uploads/2022/12/IMG_7175.jpeg)
捉え方によって世界の見方も変わるということなのだ。どこで見たのかわからないウイルスの顕微鏡のイメージを覚えて、「くん」をつけて、生き物扱いし、話かける娘から何か大事なことを学んだ。かかった時はあんなに苦しかったのに。夜中に何回も吐いて、高熱で飲み物さえ口にできなかったので、私はこのウイルスが大嫌いだった。ウイルスという言葉を書くとディスプレイにはコロナのイメージしか出てこない。あのイメージをたくさんの人が嫌になる程見ているかもしれない。でも、雪の中のおもちゃを思い出すとなんだか可愛く見えた。雪の上に光るコロナウイルスのレイアウトが急に頭の中で浮かぶ。インスタレーションアートのようにどこかの美術館で飾って、照明を調整して夜でも雪の上に光るようにしたい。人間とは目で見えないものが確かに怖いけどこの私たちが生きた今の時代をこうした作品で表現できたら恐怖の代わりに違う感覚が生まれるに違いない。人間にとって恐怖とは憎しみにつながるから。パウル・ツェランの「コロナ」という詩の最初の一行を思い出す、「秋は私の手から葉を食べている−友達になった」。
ルーマニアの田舎で育っていた私は、よく夜の空を見て、流れ星をずっと観察していた。その流れ星を追いかけて、家、庭から出て、道路に出て近くに星が落ちたかどうか探していた。毎回、道路に舞う埃の中に、私に光っているように見えるのを見つけ、落ちて冷めた流れ星の一部だと思っていた。その塵埃から全ての生き物ができていると子供の自分が信じていた。
プロフィール
イリナ・グリゴレ
1984年、ルーマニア生まれ。2006年に日本に留学し、翌年から獅子舞の調査をはじめる。一時帰国後の2009年に国費留学生として来日。弘前大学大学院修士課程修了後、東京大学大学院博士課程に入学。主な研究テーマは北東北の獅子舞、女性の身体とジェンダーに関する映像人類学的研究。今年7月には初のエッセイ集『優しい地獄』(亜紀書房)を出版。現在はオートエスノグラフィー、日本における移民の研究を始めている。
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