ライフスタイル

【#4】我が引越し記 – 取か?捨か? – その④

2022年11月4日

引越しが無事終わった。

無事終わったと言っても部屋はダンボールの山だ。ダンボールが旧居から新居に移動しただけで、なんならここからが引越し本番といってもいい。未整理のままダンボールにぶっ込まれた物をいまからまた「取」か「捨」か取捨選択しなければならない。気が滅入るが、それでも今回の引越しにはいろいろ幸先の良さを感じている。引越し日は晴天に恵まれ、インターネットもすぐにつながった(引越しでスムーズにネットがつながったのは人生初)、ご挨拶したマンションの住人さんたちは皆感じの良い方たちばかり、そしてベランダからは富士山が見えることもわかった。あいにく「我が家の買ってよかった家電ベスト3」に入るほど重宝していた食洗機が新居には設置できず、手放すことになったのは大変遺憾だが、それ以外は概ね良好な新生活スタートである。

この連載も今回で終わりだが、そんな新生活に浮かれる私の袖を過去から引っぱるような物を最後に紹介したいと思う。

『学生映画祭でもらったトロフィー』

大学時代、私は映画サークルで短編映画を撮ったりしていて、小規模な学生映画祭で受賞したりもした。このトロフィーはその時もらったものだ。それまで賞とはほぼ無縁の人生だったが、賞をとれたことで自分はこの道しかないという思いこみが高まり、将来の夢は「映画監督」一択になった。当時の日記には「俺はスピルバーグを超える!」みたいなことまで書いていて若い私はたぎりにたぎっている。しかし、こんなちっぽけなトロフィーで天狗になって努力を怠ったのか、映画監督にはなれなかった。そしてこんな物を後生大事に持っているのは過去の栄光に浸ってるみたいでみっともないから、引越しの度に捨てちまおうか迷ってきた。だがある時ふと、トロフィーって形がなんか馬鹿っぽくて面白いなと思い、捨てずに部屋のインテリアとして飾るようになった。飾ってみるとトロフィーにはオシャレさやスタイリッシュさを台無しにする存在感がある。そしてたぎっていた頃の若い自分から見られているような感じもしてほんのり背筋が伸びる。

『小6の時に書いた作文』

《10年後の自分》へ宛てて書いた小6の時の作文である。「十年後のぼくは、きっと二十二才になっていて、ずごくカッコいい人になっていると思った。」恐ろしいほど頭の悪い文章に目眩がする。それよりも、文字が埋まらず描いたラクガキが現在プロとして描いている絵のクオリティとさして変わらないのが何よりショッキングである。ただ、この頃からこういうしょうもない絵を描くのが好きだったんだなと少し微笑ましい。今や私は「十年後のぼく」から、さらに倍の人生を生きてしまっているが、小6の私は今の私を見てどう思うのか。「ずごくカッコイイ人」になっているように見えるだろうか。1000%見えないだろう。だが下手なりに好きな絵を仕事にしてなんとか生きています。「五十年後のぼく」になった頃にはちゃんと「ずごくカッコイイ人」になっていられるよう、もうちょい頑張ります。

そんなわけで、部屋が片付くまでしばらくまだ「取」か「捨」か引越し作業を続けなければならない。今朝はベランダから雪化粧した富士山を拝めた。読んでいただきありがとうございます。

プロフィール

死後くん

1977年、愛知県生まれ。イラストレーター、漫画家。本誌POPEYEの巻末漫画『ジョン&ポール』、絵本『ぽんちうた』(ブロンズ新社)、漫画『I My モコちゃん』、NHK総合『おやすみ日本』の「眠いい昔話」コーナー、『失敗図鑑』(大野正人著/文響社)、絵本『ごろうのおみせ』(ごろう作/岩崎書店)ほか、紙媒体を初め、様々な媒体で活躍中。

Official Website
https://sigokun.tumblr.com/