ライフスタイル
【#1】ごまと創造
2022年10月15日
text: Sakura Komaki
edit: Yukako Kazuno
私が好きな写真家のソール・ライターが残している言葉で、
「写真を撮ることは、発見すること。それに対し絵を描くことは、創造することだ」
という言葉がある。
ドラマはその間の子だ。発見と創造の、その曖昧で柔らかい中間にいる。
例えばあなたが役者だとして。
膝の上の鯖弁当の具材を持ち上げてくれと言われたなら、何を持ち上げるだろうか?
色彩について語る、観察眼に優れた画家の卵という役どころ。
柴漬け、にんじん、がんも、こんにゃく、やっぱり鯖…
『階段下のゴッホ』において、神尾楓珠さんの答えは、「ごま」だった。
ごま。
色彩について語り合うシーンにおいて、燦然と輝く黒き種子。
しかし、小さい。とても小さい。
その小さな輝きを捕らえるのは、手持ちのレンズではとても難儀だ。
だからお願いした。「ごま」と呟いてくれませんか。
神尾さんは、ちょっと笑って「いいですよ」と答えてくれた。
「ごま」という台詞を、この人は俳優人生の中であと何回言うんだろう。
ト書にあったのは、“弁当を食べている”。それだけだ。
昨日の私という人間の考えたことは、
精々黄色を語る時に卵焼きを持ち上げる、くらいの些細なこと。
しかし現場に行けば、不思議と見えてくるものがある。
映像作りは総合芸術。3人寄れば文殊の知恵。時々、思いつき。
そう、演出というものは、
時たまに撮影中の“打ち合わせ”という綺麗な言葉で包まれた“雑談”からできていたりする。
雑談と観察にこそ発見がある。創造が生まれる。そこがすごく面白い。
照明「俺が観察するならにんじんの断面は絶対に見る」
ーー私は大根って透明なのか白なのかで悩むことがあります。
助監督「こんにゃくがすべる!」
ーーそりゃこんにゃくだもの。
美術「鯖の照りが足りない」
ーー少し炙りますか?
記録「私がんもの食感が嫌いです」
ーーわかるかも。
神尾さん「俺、実は柴漬けそんなに好きじゃないんですよね」
ーーえっ、ごめん。
カメラマン「ていうかこれ、具材全部持ち上げた方が面白いんじゃないの」
ーーあ! それ、いいですね。
助監督「こんにゃくがすべる!」
結局、卵焼きからにんじんまで、あらゆる具材の持ち上げを実際に使うことにした。
そして本編は「白黒はっきりつけなきゃね」という台詞に対して、
神尾さんの「ごま」を選択することとなった。
白ごまと黒ごまを、色彩の暗喩として見せるところに辿り着いた。
伝わるかはわからないが。
こうして生まれた小さな発見がいつも、物語をほんの少しだけ彩ってくれる。
私は今日も実にくだらない「ごま」に微笑んでくれる誰かがいたらいいなと、
醤油ラーメンにごまを振っている。
ちなみに神尾さんは撮影中、苦手だと思っていた柴漬けを食べながら、実は結構好きになっていた自分に気づいたらしい。
「大人になったってことですかね」
これもまた発見である。
プロフィール
小牧桜
こまき・さくら | 1989年4月14日、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒業。TBSテレビコンテンツ制作局ドラマ制作部所属。TBS系ドラマ『この恋あたためますか』『リコカツ』『持続可能な恋ですか?〜父と娘の結婚行進曲〜』などの演出を手掛ける。現在火曜深夜放送のドラマストリーム『階段下のゴッホ』で、演出(全8話)とプロデュースを担当している。
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