トリップ
【#1】牧野さんとの帰り道 – 武蔵小金井・大黒屋 –
2022年9月13日
text: haruka nakamura
edit: Fuya Uto
2022年8月発売POPEYEにて画家・牧野伊三夫さんが、僕が暮らしている北海道・函館を訪ねて二人で酒場と銭湯を巡る特集が組まれました。
我々は20ほど歳の離れた画家と音楽家の飲み友達。
共に酒場を巡ってきたのですが、初めて公にその呑兵衛の有様を公開することに。
ついでにひっそり暮らしていたはずの北海道のことも。
牧野さんのことなら、僕はなんでもOK。
友であり敬愛する人生の先輩なのです。
担当・榎本くんの心意気にもすっかり絆され、それは愉しい取材でした。
その後Webでのコラム執筆依頼が。
函館の蕎麦屋で呑みながら「文章を書くことも、わりに好きなんです」などと酔って言ってしまったことを覚えていて、榎本くんが気遣ってくれたのかも知れないと申し訳なく思ったのですが、編集部の若く有望な方が独断でオファーしてくれたそう。
ありがたい。
「何を書いても自由」とのこと。
せっかくなので牧野さんとの酒場エピソードを少しだけ書いてみようかと思います。 本誌での牧野さんの連載「のみ歩きノート」も併せて読んでもらうのが、正しい読み方です。
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僕らはやはり、酒場で出会った。
「今日は飲んで、明日は仕事」
この看板を見ると、ホッピーが飲みたくなる。
テーブルにドンと置かれる冷えたジョッキ。
「純ハイ」と書いてあるそれが、何かの潔い決意表明のようにも見える。
滝のようにホッピーを注ぎ、その勢いで混ぜる。
「少々溢れても気にしてはいけないよ、マドラーでかき混ぜるなんてもってのほか」
大黒屋で、牧野さんにホッピーの作法を教わる。
僕らはこの店で出会ったのだ。
牧野さんはたまたま隣のテーブルにいらした。
初対面だったので簡単に挨拶をして、それぞれのテーブルで飲んでいた折、ふいに「君は小倉の思い出のCDを作った人かね!?」と横のテーブルから声が上がった。
小倉の思い出?はて、そんなアルバム作ったかしらと思っていたら、実は牧野さんはリベルテという日田の映画館で館長・原くんにおススメされ、僕のアルバムを故郷・小倉で日々聴いてくれていたとのこと。(原くんは今は僕も大親友)
いつしか牧野さんの記憶では「小倉の思い出」というネーミングのCDになった。
ほとんどの人がそうであるように僕を女性だと思い込んでおり、まさか目の前の「まんずまんず」と話す津軽弁の男が「小倉の思い出」女性音楽家だとは思っていなかったのである。
すっかり意気投合して、我々は酒場での部活動に勤しんだ。
二人にはなんの国境も存在しなかった。
たくさんの酒場や、バーでの飲み方を教わった。
僕が東京を離れる日も、最後はやはり大黒屋へ二人で訪れた。
公園でオリオンビールを飲み、境南浴場で湯につかる。
大黒屋では煮込み、かいわれハム巻き、チーズ磯部巻き、冷やしトマト、ニラのおひたし、、
ホッピーから熱燗へ。
夢のような時間が過ぎていった。
帰り道に、柑橘の果物がなっている木があった。
「よし、あそこを二軒目にしようじゃないか」
牧野さんはそう言うと酒を買ってきて、畑で夜空を見上げながら並んで缶チューハイを飲んだ。
牧野さんはその昔、武蔵小金井に星空が見えるほどのオンボロ長屋のアトリエがあり、朝から夕方まで孤独に絵を描いていたという。
24年前。
その頃15歳の僕はギターを抱えて一人、青森から上京した。オンボロアパートに住んで銭湯に行く金もなかった。
大黒屋は我々の始発であり、終着駅かもしれない。
ぐるぐると巡る銀河鉄道。
牧野さんは酒盛りも後半になるとソングブックを広げてギターで弾き語ってくれる。
帰り道にはいつも中島みゆきさんの「ホームにて」が僕の心の中に流れる。 酔っ払った牧野さんの歌声で。
プロフィール
haruka nakamura
ハルカ・ナカムラ|1982年、青森県生まれ。音楽家。15歳の時、音楽をするために上京。2008年1stアルバム「grace」を発表。それまで主にギターを弾いていたが、2ndアルバム「twilight」以降、ピアノを主体に音楽を作るようになる。「スティルライフ」など多数オリジナル・アルバムを発表。最新作はTHE NORTH FACE Sphereとのコラボレーションによる四季を通じたシリーズ「Light years」。旅をしながら音楽を続けていたが、2021年より故郷・北国で音楽をすることに。
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