ライフスタイル

【#4】他人について – あとがき –

2022年8月3日

ライブの日、初めての会場はとても緊張する。毎度のことだが、お客さんが少ないのではないか、余計なことを言っているのではないか、久しぶりに来てくれた人にがっかりされるのではないかとか、家でギターを弾いてる時のようにはいかず途端に自信がなくなる。集中できないと、気持ちが入らない。かといってゆるいムードにすると、終わった後に虚しくなってしまう。

ステージから客席をみると、真ん中の席に座った自分が無表情のまま聞いている。演奏が終わっても拍手ひとつしてくれないが、静かに聞いてくれている。そこまでイメージができた日はなかなか上手くいったとき。帰り道、お客さんやお店の人の反応や言葉を思い返している。

人前で演奏する時、まず自分が救われている。自分の作った曲を他人が耳を傾けてくれていること。人と演奏したりすること。一人では表現しきれなかったものが、様々な人や空間を介して変化したり、今、共有されていくのが奇跡みたいに思う。

私の曲はこれまでに書いたような日常でしかない。自分にとって歌を作ることは記録なのかもしれない。歌にすることでその時の気持ちを忘れずにいられるが、生きていれば気持ちはどんどん変わっていく。すごく好きだったミュージシャンが、急にあざとく思えて嫌いになってしまったことがある。私は音楽というよりも、声や言葉選びで好きになっているのかもしれない。歌がなくても好きなバンドはたくさんあるが視点は変わらない気がする。

同じ曲でも時間が経てば自分の中でまた違ったふうに聞こえたりする。あんなに会っていたのに会わなくなってしまった人みたいに。素直でいると、甘えすぎて周りの人を傷つけているときがあるから気をつけなければいけない。好きな人の気持ちを理解できなくなってしまったと嘆いてしまうとき、落ち着いて考えれば自分のことしか見えていなかった。理解できないなんて当たり前のことだ、一緒にいたいのなら寄り添うことが大切だ。

そんなことをぶつぶつと頭の中で考えていたら、最寄り駅についた。家に着く前にコンビニに寄って、カップヌードルのチーズカレーを買って帰ろう。いいライブができた日は、ノンカロリー。

カップヌードル

プロフィール

松井文

まつい・あや|1989年、神奈川県生まれ。何げない情景から、人と人との関係性を鮮やかに描き出すシンガーソングライター。大胆なのに繊細、頑固かと思えば軽やかで、そっけないのに愛が深い。嘘の言えないその歌で、聴く人に確かな足跡を残す。平成元年、横浜生まれ。2012年、1stアルバム『あこがれ』をリリース。その後、折坂悠太、夜久一とともにレーベル&ユニット「のろしレコード」を立ち上げ話題に。初めての7inchシングル『NOT MY DAY』をきっかけに、2022年からバンド「松井文と他人」を本格始動した。

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