カルチャー

遠野遥さんにインタビュー。【後編】

初の長編小説『教育』出来!

2022年1月17日

photo: Kazuharu Igarashi
text: Neo Iida

遠野遥さんの自身初となる長編小説『教育』が1月7日に発売された。舞台はとある全寮制の高等学校。生徒は監視下にあり、「1日3回以上オーガズムに達すると成績が上がりやすい」という方針のもと性行為が推奨され、4枚のカードから裏面の絵を当てるという超能力開発が行われている。生徒たちは成績を上げるべく、性行為に部活動にスポーツにと邁進。主人公も、友人でありセックス・パートナーである真夏や下級生らとの逢瀬を重ね、特進クラスを目指すのだった。笑いと恐怖が織りなすジャンルレスな作風に、『文藝』2021年秋号での発表直後から反響が続出したらしい。個性豊かな生徒たち、謎多き学園の実態、日常の一部となったセックス、超能力や催眠など、めくるめく展開に引き込まれてあっという間に読み終えてしまった。青春がまぶしく光る傍らで、影は色濃くなっていく。この魅惑の世界をどう描いたのか、遠野さんに話を聞いた。

キャラクターの個性が、相互作用を生んでいく。

――過去の2作品(『改良』『破局』)は中編でしたが、今回は初めての長編です。作り方は全然違いましたか?

いつもプロットを立ててから書いていくんですけど、今回は長いこともあって、書き上がった初稿がプロットから結構ズレていたんです。出来事と出来事のあいだの因果関係とか、全体像が掴めない部分があったので、初稿を要約して“プロット2”みたいなものを作り、こういうエピソードがあったほうがいいな、人物を増やしたほうがいいな、と調整を行いました。

――具体的にどんなところが変わったんでしょう。

初稿の段階では海(主人公の後輩)はいなかったんです。書き上がったものを見て、主人公よりも目下にあたる人物がいたほうが、上に対する態度、下に対する態度、両方の側面が出せて厚みが出るだろうと思って、海をあとから入れました。

――そうなんですね。海は結構重要な立ち位置だと思っていたので、ちょっとびっくりしました。

他に、羽根田(主人公のルームメイト)は初稿の段階ではどの部活にも入ってなかったんです。主要人物で部活に入ってないのは羽根田くらいだなと思って、手芸部に入れたんです。それによって部屋に魚のぬいぐるみを大量に置くことになり、部屋自体を面白くできた。

――魚のぬいぐるみが置いてある部屋って、想像すると怖くもありますよね。そういう個性あるキャラクターがたくさん登場するところに、少しゲームっぽさを感じました。

ホラーゲームで育ったので、自然と反映されるんでしょうね。それに長編ということもあって、登場人物を増やして相互作用を描いたほうがストーリーが膨らんでいくだろうと思った部分もあります。

――書いていて楽しかったキャラクターはいますか?

いちばんは海ですね。プロットの段階でいなかったので、最もコントロール下にないキャラクターで、自分でも書きながら海が何をするかわからなかったんです。海が警備員の島田に話しかけに行くシーンでは、私も「え、こんなことするんだ」って後ろから驚いて眺めていたような感覚を覚えました。でも海の行動によって島田の人間らしい一面を引き出せたので、すごく良かったと思います。

――一歩引いて見ると辛い環境なのかもしれないけど、その日常が当たり前だと思っている彼らにとっては普通の学園生活なんですよね。

そうなんですよね。他の学校をこの子たちは知らないから、おかしなルールも受け入れて、楽しめるところは楽しんでいる。休み時間にスポーツもしているし。

――いびつな世界を元気に生きる怖さを感じました。面白いのが、小説では概ね世界の違和感に気づくのって主人公じゃないですか。でも彼はガッチリとこの世界のルールにのっとって生きていて。彼自身も変わってますよね。

主人公を共感できるキャラクターにしようっていう発想が、自分にはあんまりないのかなと思ってます。ただ無味乾燥な人物だと辛いから、何らかの個性は与えたいなというのはありますね。

――言い回しも独特で、その生真面目さにおかしみを感じたりして。そんな主人公を通じてこの物語を読み進めるので、とても不思議な感覚になりました。

作品のなかで、ツッコミ役を用意する必要は必ずしもないかなと思うんです。読者につっこんでもらえばいいかなと。

――ああ、そう言われてみると、登場人物はボケが多いのかもしれませんね。

あえて言うなら、真夏(主人公の友達)がツッコミというか、いちばん読者寄りの人じゃないでしょうか。ちゃんと学園に対する違和感を持っていて、だからこそ苦しくなってしまう。真夏の負担が大きいんですよね。いろんなものを背負わせてしまった気がします。

いびつな世界と、現実をつなぐ。

――過去の作品にも性に関する描写はありましたが、本作では特に色濃く描かれている気がしました。

『教育』では、まず“超能力の訓練をする”という点が決まっていたので、いかにもそれっぽい訓練をさせるよりは、能力開発に全く結びつかないことを学校が強いているほうが面白いかなと思ったんです。掛け合わせるものとして「1日3回以上のオーガズム」を持ってきました。

――性描写はかなり分厚いんですが、それによって生徒たちが置かれている環境がわかるようになっていて。

この物語のなかでは、セックスは快楽のためではなく、あくまで超能力を身につけるためのもの。進学校の子たちが勉強に取り組むようなストイックさで性行為に取り組んでいる。ある意味、禁欲的なんです。

――それが狂気にも滑稽にも見えますが、日常のなんてことない場面やひとつひとつの所作、気持ちの動きを肉厚に書いているので、拒絶されている感じがしないというか。

現実に起こった出来事や、実際に感じた違和感みたいなものを入れているから、設定は突飛だけども、どこか現実とのつながりを感じながら読めるんじゃないかと思います。例えば、鳩。テニスをやっているシーンで、主人公がテニスコートの外にいる鳩に気づいて、「鳩はなんでこんなに大きいんだろう」って違和感を持つシーンがあるんですが、それは自分が鳩を見たときに感じる感覚をそのまま書いたんです。

――作中作の『ヴェロキラプトル』も、主人公が翻訳をする流れでそのまま物語が展開していきますよね。

そうですね。長編なので最初から最後まで同じトーンだと飽きてしまうし、ちょっと外す要素を入れたほうが読み進めやすいかなと思ったんです。

――テニスをする場面はハウツー的だし、洗面所での手洗い方法も箇条書きになっていて。日々の出来事が柔らかく描かれているので、そこに暮らしがあるんだなと思える。そのぶん、よりいびつさが際立つ気がしました。

テニスのシーンは、中学のときテニス部だったので、練習メニューを思い出しながら楽しく書きました。手洗いのやり方は、厚生労働省が出してるポスターを参考にしたもの。いずれも息抜きのように入れたものですが、作品の感想をいただいたなかに「手洗いのポスターの場面で怖くなりました。細かく書かないと手も洗えないくらい、この子たちは考える力を奪われているんだなと思って」というものがあって、確かにそうも読めるなと思いましたね。

――今後も長編作品を書き続けていきたいと思われますか?

そうですね。長いといろんなことを書けるし、世界観を膨らませることができるなとわかったので。書き始めると大変ですけど、まだ新人なので色々と挑戦していきたいです。300枚は書けたけど、400枚は未知の世界。もっと長い作品を書いていきたいと思っています。

INFORMATION

『教育』

超能力の成績向上のため、学校推奨の「1日3回以上のオーガズム」を達成すべく鍛錬に励む私。ある日友達以上恋人未満の真夏から、「彼氏ができた」と告げられてしまう。芥川賞受賞後の第一作であり、初となる長編小説。¥1,760/河出書房新社

PROFILE

遠野遥

とおの・はるか|1991年、神奈川県生まれ。2019年に『改良』(河出書房新社)でデビューし、第56回文藝賞を受賞。2020年に『破局』(同)で第163回芥川龍之介賞を受賞。新作となる初の長編小説『教育』(同)が好評発売中。