TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
LIFESTYLE

【#3】ただそうしたいから

2022.03.27(Sun)

そうする気は全く無かったけれど、過去2週に渡って無意識に個人的な心境の変化についての記事を書いていた。だからと言うて来週もそうなるとは限らないが、今週もまた心の変化について書いてしまった。

先日10年ぶりに髪を染めた。私は自分に無頓着で、お風呂上がりの化粧水や、陽に当たるときの日焼け止めもろくにしてこなかったし、履く靴も永久にコンバースCTで良いと思っていた。それなのにここ数年は、歳を重ねて身に出る顕著な色々もあって、一体何種類塗ったくるのか?というほど意識的に肌のケアをしたり、服や靴などの自分の外見にも気を使いはじめた。

なかなかすんなり心変わりしなかったのは髪だった。とにかく自分に自信がないため、美容院の明るい店内の鏡に映る自分の顔や、お洒落な美容師の心の中が気になり、そしてそもそも高額な施術料に足がすくんでしまい、できるだけ美容院に行かないようにしてきた。
小学校、中学、高校と、合計して10回も美容院に行ったことが無いと断言できる。間違いなく10回以内のはず。美容院に行ったって「私、可愛くなった」「気分あがる!」だとかのポジティブが感情が湧くことがなかったし、人見知りでコミュニケーション能力が無いせいで理想の髪型を美容師に伝えることができない。「こうして下さい」と写真を見せるのも恥ずかしくてできるわけがない。「え、あなたがこれにしたいの?笑 まあ、やるだけやりますけども笑」と思われているに違いない。施術中のトークもしんどい。
美容院は、試験や面接に行くよりもはるかに恐ろしい。恐ろしい場所へ行かないために、なぜか実家にあったプロ用の散髪バサミで出来る限り自分で髪を切ってきた。美容院は自分でやってどうしようも無くなった場合の救済措置のための場所だ。
三面鏡を使って、アクロバティックに全体をセルフで切るスキルを身につけ、実はその経験の積み重ねもあり自分でいうのもなんだがそんなに下手では無い。中学生のある時には、このまま美容師になりたいと思う時期があったくらいだ。自分自身がどうしようもないだけに、同じ悩みを抱える人を助けたり美しくするのはその甲斐がある。なぜその夢をやめたかについては割愛。

大学生になり、「美容院=恐ろしい」に「なんとかマシになりたい」が勝った。あまりに自分がどうしようもないので心地が悪くなってしまった。入念なリサーチを経て何度も躊躇した末、幸いなことに思い切って挑んだ美容院の担当者が感動的なほど話がしやすく、こちらに過度に気を遣うようなそぶりもなく、自然体で明るく、かといってフレンドリーすぎるということもなく、失礼さもなく、ただただ居心地が良いというだけで、もはや仕上がりに納得いかなくても構わないと思える美容師だった。
その美容師に何年か担当してもらったその後、結果的に弟子の方が10年近く私の髪を切ってくれることになった。その方も弟子なだけあって前任者と同じく話がしやすく、私が自分自身で髪にハサミをいれていることについても、笑って受け入れてくれた。まさに理想。
これだけ心を許していても、いつも同じ施術同じ髪型で、失敗の懸念を忘れなかった。髪を染めたら定期的に通わなくてはいけないから染めないなど、徹底した警戒心を捨てきれずにはいたので、数ヶ月に一回行くか行かないかの頻度ではあったが、いざというとき、どうしようもない私をマシにしてくれる頼れる存在として安心させてくれる人に出会えた。
そんな彼女が独立のため東京から去り、私は絶望してまた数年美容院に行かなくなった。もう探すのも懲り懲り。私の髪はショートヘアからロングヘアになっていた。伸ばしたことのない前髪は顎の下まで伸び、マスクもあって誰も私に気づず、私は洞窟の奥で身を縮めて震えていた。「ビヨウイン、コワイ……」。

ところが、急にどうでも良くなった。これまた過去2週の記事同様に、なぜ急にそんな心境の変化が起こったのか理由が全くわからない。
急に髪を染めたくなり、パーマをあてたくなり、顎の下まで伸びた前髪もちょんぎりたくなった。そして迷うことなくインスタグラムでおすすめに登場してきたお洒落度MAXそうな美容院に予約を入れ、前日から緊張するようなこともなくすんなりと出向き、理想の完成像を言葉で説明できず美容師に怪訝な面持ちをされても凹まず、なんなら私の言いたいことはこうかもしれませんと写真も見せ、鏡に映る自分の顔を「ブッサイクやな〜!」と思っても引きずることなく、適度な会話をし、待っている間は本を読む余裕すらあった。4章分も読んだ。

もしかすると、心が元気なのかもしれない。フォレスト・ガンプが塞ぎ込んだ後、急に走り出したのを思い出した。「なぜ走るのか?」と訊かれても「ただ走りたかったから」と答えるフォレスト。私の場合はフォレストとは違って、美容院に行けたことが世界を変えたり人を動かしたりはしてないんだけれど……。あれこれ理由をつけて躊躇することなく、ただそうしたいからという気持ちだけで、ついに美容院へ行ったのだ。
たったこれができただけで、今ものすごく自由で無敵な気分である。30過ぎても全然変われることに喜びを感じる。ずっとやりたいと思ってるし、タトゥーでもいれるか!

プロフィール

mei ehara

1991年、愛知県出身のシンガーソングライター。学生時代に宅録を開始する。2017年にキセルの辻村豪文プロデュースによる1stアルバム「Sway」を発表しカクバリズムからデビュー。翌2018年に「FUJI ROCK FESTIVAL」に出演を果たした。2020年4月に7inchアナログ「昼間から夜」、5月にセルフプロデュースした2ndアルバム「Ampersands」をCDと12inchアナログでリリース。また音楽活動の傍ら文藝誌「園」の主宰を務めており、王舟、藤森純(The Buffettment Group / 東京スプラウト法律事務所)と立ち上げたインタビュープロジェクト「DONCAMATIQ」や、他アーティストの写真撮影やデザイン制作などにも携わる。

http://eharamei.com/

 
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