CULTURE

永井敬二さんのグリーティングカード。

インテリアデザイナー永井敬二さんのライフワークについて。

2021.05.04(Tue)

text:Kaoru Tashiro

text: Kaoru Tashiro

福岡に、モダンデザインをこよなく愛し、その世界の生き字引のような人が住んでいる。インテリアデザイナー永井敬二さんだ。驚くべきは、永井さんが20世紀のデザインにまつわる多くのことを記憶している、というだけではない。そのモノを追い求める情熱の深さだ。膨大な量の小物、家具、照明器具、家電、書籍……。全体の数はご本人ももはやカウントできないほどで、次第、自宅の収納をはみだし大きな倉庫をいくつか借りるまでになった。しかも倉庫の中は、物がパズルのようにスキなく収納されている状態。これが知る人ぞ知る、世界屈指の永井コレクションだ。そして多くの人たちは、永井コレクション=椅子と考える。
永井さんが手に入れた第一号の椅子は、柳宗理の「バタフライチェア」。社会人になった1966年のことだ。70年代からは海外への旅も始まった。「見たい、知りたい、手に入れたい」の一心で世界を旅し、徐々に現在のコレクションに。

そしてデザインの旅を通じて膨らんでいったのはモノだけでない、友人の数だ。 
交友関係は世界に広がり、海外からクリスマスシーズンにグリーティングカードが届くようになっていた。以前は既製のものや手作りカードを送っていたが、1988年に、それからの「定番」と呼べるグリーティングカードが誕生する。

「毎年、その年に入手した椅子の写真をファイルに整理するために友人のプロのカメラマンに一脚ずつの撮影をお願いしていたのです。それらの椅子に囲まれて、自分も一緒に写真を撮ってもらえばグリーティングカードに出来るのではとの思いから始めました」と、永井さん。

1988年からスタートしたグリーティングカード。

受取り手にとっては、お気に入りの椅子に囲まれご満悦の永井さんが写った一枚の写真に見えるが、その準備にもまた手間暇が注がれている。

まず、複数の倉庫にパズルのように収納された椅子を一つ一つ見つけ出して磨き、カメラマンのスタジオまで車で搬送。一脚ごと角度違いで撮影し、その後、永井さんとの集合写真をキメる。あがった写真にメッセージを加えレイアウト。プリントアウトした上にさらに直筆でひとことを添え、カードを封書に入れ切手を貼って郵便局まで持っていく。

なんともアナログ、なんとも愛がこもっている。

椅子の搬送から封書の投函まで、永井さんの長年の友人たち、プロの助けがあってのチームワークの賜物だという。

「多いときで150通ほど送っていましたが今は120通くらいでしょうか。転居先が不明となる場合や、鬼籍に入った(亡くなった)友人もいますので」

1988年から始まって最新は33通目。世界の120人が、年末になると「今年NAGAIはいったいどんな椅子を手に入れただろう」とグリーティングカードを楽しみに待っている。さらに日本の友人には年賀状を500通ほど送るという。

2000年代のグリーティングカードの一部。

「僕はデザイナーやブランドの名前であるとか、歴史的に重要だからという理由でモノを欲しいと思ったことは一度もありません」と永井さん。

「モノから、こっちを見てと声をかけられるというか、ハッとさせられる。モノとの出会いは、何かが違うと感じ、心地よい余韻を残す”人”との関係と似ています」
その視点は、いわゆる「コレクター」とは違う。

さらに独自なことは、モノをめぐる人との関係性が深く、その物語を楽しみ大切にしていること。コレクションは、ミュージアムに陳列されるような、歴史を語るモノとしての「モダンデザイン」ではなく、いつも「永井さんのコレクション」なのだ。

グリーティングカードは、それを物語っている。

永井さんの椅子はすでに1000種類を超え、今年も増える予定だ。

プロフィール

永井敬二

ながい・けいじ| 1948年、佐賀県唐津市生まれ。岩田屋関連のインテリア事業部を経て、82年にデザインスタジオ<ケイアンドデザインアソシエイツ>設立。そのモダンデザインのコレクションを通じ国内外の文化交流に貢献している。無印良品のギャラリー<ATELIER MUJI GINZA>では、永井コレクションによる展示がこれまで4回開催された。

 
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