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あらためて遊歩大全 Vol.4/台所編

飲食の知恵と運ぶスキル。

2021年6月20日

photo: Hiromichi Uchida
composition: Kyosuke Nitta
cooperation: Kazuhiko Kai
2014年12月 812号初出

 時は1968年。反社会運動真っ只中のカリフォルニアにて、新しい発想での自然回帰・ウォーキング哲学を提唱し、ヒッピーを大自然へと誘った『The Complete Walker』(著・コリン・フレッチャー)は、全米でベストセラーに。その後改訂版として登場した『The New Complete Walker』を、1978年に芦沢一洋が熱のこもった言葉で翻訳・出版し、日本でも空前絶後のバックパッキングブームが巻き起こった…。


 それ以降、山を歩いて旅する者たちのバイブルとなった『遊歩大全』。文庫版ですら976ページもあるこの長旅をギュッとまとめて、目次順に解説!4回目は『Kitchen 台所』。

遊歩大全

– ウォーキングのための料理計画。-

 重労働をする男子には1日に4400キロカロリーが必要だというUSアーミーの考えを頭に置いて、結論。「慣らし運転のショート・トリップでいろいろテストし、失敗は成功のもと方式によって、自分に合ったメニューを作り上げるべき」

– 食品選びは慎重に。-

 重量、パッケージ(ごみの問題)、栄養価、疲れきって腹ペコのときにいかに早く簡単に作れるか、舌と腹がどの程度満足できるか、飽きずに続けられるか、そして何より「自分に」合っているか。食品はこれらを判断基準に、経験を重ねて選ぶ。値段はできるだけ無視。そうするとデハイドレイテッドフード(乾燥食品)がベスト。 コリンの献立の一例。朝食は熱い紅茶にデハイドレイテッドフルーツか、シリアル・フルーツ・アンド・ナッツ・ミクスチュア。昼食はスープ(クノールよりマギー)。ティータイムに紅茶。ディナーは有名なる「フレッチャー・シチュー」。6泊7日のトリップに6回登場するこのメニューは、ウィルソンのミートバー(ビーフとポークを混ぜ合わせ、そこに牛脂と塩を加えた乾燥食品)を主役にして、野菜と煮立てるだけ。時にはグレービーソース、ハーブも少々。ここでしっかりタンパク質を摂る。疲れたときはこれで決まり。

– 携帯すべきスナックと飲み物。-

 歩行中や休憩中に食べるトレイルスナック(行動食)について。「ミントケーキ」と呼ばれるイギリス風のバーキャンディ、ドライレーズンやチョコレート、タンパク質が豊富なビーフジャーキー、紅茶、グラニュー糖、フルーツ・ドリンク・ミックス、汗で塩分を失った体に有効な塩の錠剤。そして、「フレッチャー・シチュー」に入れるミートバーは、非常時にそのままかじったりできるとしてここにも登場。このコリンのように、個人的なリストを作るといい。

– 水の注意事項と浄化方法。-

 水がないと死が待ち受ける。炎暑の砂漠では、水なしのサバイバルリミットは48時間。最低カンティーン(水筒)1本分の水を持参する。飲み方は少しずつ何度でも、というほうが渇水感を覚えず、いつも新鮮でシャープな感受性を維持していられる。現地調達する場合は「疑わしきは使用せず」。非常時の水の補給にはいろいろなアイデアがあるが、基本は10分程度沸騰、もしくは浄化剤による塩素処理。フルーツ・ドリンク・ミックスを入れれば安全でおいしい水になる。「エマージェンシー・ソーラー・スティル」(イラスト参照)は特に使える。コリンが評価するカンティーンは、ポリエチレンやプラスチックのもの、ヨーロッパ製の偏平になっている円筒形ボトル、折り畳めるコラプシブル・ウォーター・バッグ。そしてなんと、哺乳瓶。タフで、取水と携帯に便利と絶賛。

– 便利な食器リスト。-

 食器はなるべく単純に。シェラクラブのステンレススチール・カップはシンプルで、人間が時折見せる頭脳のさえを十分感じさせる発明品。熱い飲み物を入れても唇が火傷することはないし、ウエストベルトに引っかけられて便利。他に、ハンドルの取り外しができるテフロン加工済みのスチールフライパン、スプーン(フォークはよけい者)、多目的のサバイバル用ナイフ、東京トップ製の透明な塩コショウ入れ、ポリエチレン製のコンテナやプラスチック製のチューブ、小さくて使い勝手がいいUSアーミーの缶オープナー、ストーブに使うフリントスティック(着火剤)、食器を拭くときに重宝するレーヨン素材のふきんなど

– 熱源はたき火か、ストーブか。-

 コリンは「(自然との)一体感あるいは親和力というものを、焚火というものは、ばらばらに崩壊させてしまう」と語る、完全なるストーブ派。しかも様々な銘柄のストーブをテストし、燃焼時間を数値化。ジェネレーターを温めるためにプレヒートが必要なガソリンタイプと、ガスカートリッジタイプを徹底的に比較検証する。判決は、「料理ができ、それも湯をつくるだけですまされ、天に届く高所、血も凍る極地以外のあらゆる条件のもと、時と場所を選ばず、荷の重さを1オンスでも減らしたいと考える人には、ガソリンストーブが絶対にいい」。ただ、ガスタイプは着火が簡単で便利(代表作は〈ブリューエ〉の「S-200」)。ホワイトガソリン仕様の〈オプティマス〉の「スベア12
3」にコリンは太鼓判を押す。軽くて、絶大な信頼感。最大のメリットはポットにもカップにもなるアルミニウムカバー。コリンはシェラカップなどを置くための簡易的なテーブルとして重宝した。

– ある日のコリンの台所。-

 5:00 am。寝ぼけ眼のまま、寝袋の中に敷いておいたダウンジャケットに袖を通し、ザックからティーバッグを取り出す。ストーブに火をつけ、寝袋に入ったまま炊事。これがコリン流「イン・スリーピング・バッグ・クッキング・システム」。

1987年には上下2巻が1冊(左)に。その後に絶版となり、入手困難な状態が続いたため“伝説のバイブル”と呼ばれていたが、2012年に山と渓谷社より文庫版(4・厚さ3.5㎝。¥2,200)が登場した。(右)