TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム
【#1】“magnif” Season one 2009-2025
執筆:中武康法
2025年11月10日
2009年春、店をやりたいという気持ちは確かに高まっていた。しかしそれは、ときに「修行」とさえいわれる古書店勤務を成就させるような立派なものではなく、日々これだけ時間を費やしているのならもう自分でやった方がいいんじゃないか、みたいな合理的発想であった。30代にも突入し、バンドで食っていくという野望も曖昧なものとなって、そろそろ何かしらケジメをつけなければならないタイミングでもあったように思う。そう考え始めたら不思議なもので、一気に物事が転がり始めた。ずっと目をつけてきた、すずらん通りの物件、改築予定でしばらくシャッターが降りたままだったあの建物が、「期間限定なら貸せますよ」という案内がきた。靖国通りから一本奥にはなるが、程よい人通りで視認性も高い絶好のロケーション。本当は建て直しになるはずだったのが、何らかの都合で工事が延期となり、三年限定なら使用できるという事だった。「三年かぁ」と思いつつも、こんなにいい場所でやれるのなら見逃す手はない。長年勤めていた店からは既に理解を得ていたので、すぐさま退職の意を伝えた。
店のコンセプトは既に固まっていた。古書店勤務のなかで、ときおり巡り合ったファッション雑誌。’60年代のアイビーやモッズ、’70年代のヒッピーやヘビーデューティ、’80年代のニューウェイヴやDCブランドなど、昔のもののはずなのに、全てが新鮮に思えた。一流のデザイナーやフォトグラファーたちが創りあげたモード写真に感嘆し、街行く人々のリアルな姿をとらえたスナップ写真に興奮した。そんなファッション雑誌たちを、年代も国も問わずひとつの店におさめるというのは、なかなか面白いアイデアではないかとずっと考えていた。折角の“自分の店”なのに、それまで個人的に情熱を注いできた音楽や映画の本を集めたいという気持ちは、まったくというほど起きなかった。誤解を恐れずに言うならば、音楽雑誌から音は聴こえないし、映画雑誌の中に映像をみることはできない。ファッション雑誌だってそれを身につけられるわけではないのだが、なぜか、雑誌そのものが “ファッションを楽しむ” こととして成立しているような気がした。そしてその感覚は、その後様々な雑誌との出会いを重ねれば重ねるほど、確かなものとなっていったのだった(また、音楽雑誌や映画雑誌も“ファッション雑誌”となり得る事にも気がついた)。
さて、そういう商品をならべるためには、どんな内装にすべきか? 正直たいした予算もないから、とにかく自分でできる事をやる。外側の窓枠は無機質なサッシだったので、この商店街で少し目をひくような、明るい色にしたいと思った。いくつかのイメージパターンを画像にして、素人ながらに吟味した。幸いなことに私の妻は美術やデザインの心得があり(今回のコラムのイラストも書いてくれている)、相談役としてそのセンスを発揮してもらった。いくつかの候補のなかで、明るめのイエローが 「まあ、いいんじゃないの」 という同意を得ることができた。ホームセンターにていくつかのイエローの中からペンキを選び、兄弟や親戚も巻き込んでぺたぺた塗った。什器については、当時本格的に再上陸を果たした〈IKEA〉のものが中心となった。リーズナブルで見た目も良かったので、ビジネス会員になり大量に買い入れた。このときの一連の取引は、恐らく〈IKEA〉的にも格好のサンプルとなったのであろう、“IKEAでつくったお店”みたいな書籍に掲載されたり、とある店舗のビジネスコーナーでは、当店の写真が長いこと飾られていた。
そんな感じで短い時間と少ない予算でむりやり開店にこぎつけた。店の名前は『magnif』。雑誌を意味する「magazine」という言葉を元に、英語の「magnificent」とか仏語の「magnifique」とか、縁起のよさそうな単語を次々と挙げていったらこうなった。いちいち説明が必要な名前にはしたくなかったのだが、カタカナにすればたったの四文字だし、これでいいかなと思った。
新しいビジネスであるとか、突飛な事を始めたつもりはまるでなく、自分のそれまでの人生とあくまで地続きだった。しかし2009年は初めての子供を授かった年でもあり、今思うと仕事を辞めて独立開業だなんてとんでもないタイミングだったのかもと反省もしている。とにかく家族に感謝だ。
プロフィール
中武康法
なかだけ・やすのり | 1976年、宮崎県生まれ。2009年、古書店『magnif』を古本のメッカ・神田神保町にてスタート。古今東西のファッション雑誌を集めた品揃えは、服好き雑誌好きその他の多くの趣味人の注目を集めている。2025年末、建物の老朽化のため移転を予定している。
Instagram
https://www.instagram.com/magnif_zinebocho
Official Website
https://www.magnif.jp
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