ライフスタイル

【#1】Jimbocho in the mid 90s

執筆: 中武康法

2023年4月17日

illustration: Sayoko Nakadake
text: Yasunori Nakadake
edit: Yukako Kazuno

東京で暮らし始めたのは1995年。九州の宮崎県から、大学進学とともに上京してきた。学校は明治大学。「MARCH」なんて受験用語があるのを最近知ったけれど、偏差値ランクどうこうよりも「二部(夜間)」がある大学をとにかく受験していった感じ。せっかく憧れの東京で暮らすのに、日中まるごと学校なんてもったいないと考えていたのだ。学校の拘束時間を夜間にまとめる事で、昼間はバイトしたり好きな事ができるはず。その目論みは今振り返っても正解だったと思う。勉強もそれなりにちゃんとやったけど、しっかり働きつつ、念願のバンド活動に多くのカネと時間を捧げる事ができたのだった。ただ、ひとつだけ想定外だったのは、その後もずっと同じこの地で働き続ける事になったって事。しかも古本屋になるなんて。

今では考えられないだろうけれど、90年代半ばの明治大学には、かつての学生運動のムードが色濃く残っていた。あれは受験の時だったか、初めて御茶ノ水に降りたとき、ヘルメットとマスクで顔を隠した連中が駅前のスペースを占拠していた。「殲滅せよ!」と拡声器でまくしたてるダミ声と、「糾弾」「弾劾」といった文字がまがまがしく並ぶ看板やノボリは、九州の田舎から出てきたばかりの若者にとって、ものすごいインパクトだった。あの時の恐怖の入り混じった興奮は今でも忘れられない。駅から歩いて大学に向かうと、またしても「決起集会!」なんてゲバ文字が目に飛び込む。大学は立て看板に包囲された感じで、ノスタルジックな記念講堂も健在だったその景色は、白黒VTRで見た“60年代安保闘争”そのものだった。

大学サークルでは「音楽研究部」に入った。活動内容としてはいわゆる「軽音楽部」なんだけど、部員数が100名ほどいる大所帯で、キャンパス内に自由に使えるスタジオを3つ持っていた。アンプやドラムセットはもちろん、PA機器まで揃っており、ただ単に「バンドをやる」というよりも、バンド音楽にまつわるあらゆる活動を大勢で役割分担して運営していく、というスケールの大きなものだった。今思えば、純粋にバンドだけやりたいのならかなり面倒なシステムだったのかもしれないが、なにもかも初めてだった自分にとっては、とてもいい経験をさせてもらったと感謝している。ちなみにそのスタジオがあった学生会館という建物は、前述の学生運動の連中が仕切っており、最上階にそのアジトがあった。絶対に行ってはならないとサークルの先輩に念を押されていたのだけれど、一度だけ、エレベータのボタンを押し間違えて昇ってしまった事がある。やべっ! と思ったが後の祭り。古いエレベータは恐怖映画のワンシーンのように、ゆっくり、ゆっくりと昇ってゆく。

ガタン! とうとう着いてしまった最上階。しかし扉が開いた先に見えるのは、こっちに倒れこんだ大きなテーブルの天板。そしてその脇の隙間から、重しとして積み重なっているであろうオフィス家具のパーツがゴッチャリ。そう、いわゆる「バリケード」というやつだ。一刻も早くその場を去りたくて、「閉」ボタンを必死に連打したのであった。

プロフィール

中武康法

なかだけ・やすのり | 1976年宮崎県生まれ。2009年、古書店『magnif』を古本のメッカ神田神保町にてスタート。古今東西のファッション雑誌を集めた品揃えは、服好き雑誌好きその他の多くの趣味人の注目を集めている。

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