ライフスタイル

【#4】Jimbocho in the mid 90s

執筆: 中武康法

2023年5月8日

illustration: Sayoko Nakadake
text: Yasunori Nakadake
edit: Yukako Kazuno

古書店バイトでは私のクソ真面目な性分が認められ、やがて買取も任せてもらえるようになった。芸能関連中心の古書店ではあるが、買取では様々なジャンルの雑誌と対峙する。カルチャー誌、タウン誌、そしてもちろんファッション誌も。「アイドルお宝ブーム」といっても、その対象はタレント写真集や芸能専門誌だけではない。寧ろ、多くのファンが確実に手に入れる専門誌よりも、その他の雑誌で時折挟まれるグラビアの方が、当然希少性が高くなる。売れっ子アイドルが駆け出しの頃に非アイドル雑誌で水着姿を披露していた、的なのが最も“お宝”になりやすいパターンなのだ。『Boon』や『MEN’S NON-NO』のページをめくりながらも、ヴィンテージデニム情報や藤原ヒロシの連載をスルーし、アイドルの水着写真を探していくという、非常にトンがったお仕事である。

そういえば『POPEYE』も、あの頃はアイドルタレントがいっぱい載っていた。当時流行った多くのストリート系ファッション誌がそうだったように、水着だけでなく裏原系の男モノまで、グラビア系の女性タレントに着せてたっけ。アイドル好きとファッション好きの両獲りを狙っていたのかもしれないが、それだけアイドルタレントという存在が数字になっていたのだろう。最近の女性誌の表紙に韓国歌手が載っているのと同じ感覚だろうか。

ある日古書市場から届いた『POPEYE』の束には、数冊だけ70年代のものも混ざっていた。その辺は誰も載ってないからテキトーでいいよと店長さんに言われ、何となくめくっていたけれど、愛読していたロック雑誌でよく見かける名前を発見。若き日の大貫憲章と伊藤政則によるロンドンレポートが載っていた。「ロンドン!今いちばん面白い都市!」という特集では、人気のパンクロックミュージシャンと共に、当時キングスロードで異彩を放っていた伝説的ブティックも紹介。在りし日のヴィヴィアン・ウエストウッド女史とそこに並んだ鮮烈なヴィジュアルを見て、何か天啓ともいえるようなショックを受けたのだった。思えばこの時、旧いファッション雑誌をひもとく事の快感に、初めて気がついたのかもしれない。

バイト代はとにかくバンド活動に捧げていたので、お洒落に金をかける余裕なんてなかった。とんかつの『いもや』の帰りに白山通りの『MAINE』を覗くが、ネルシャツ欲しいな〜と思いながらも中々手が出せない。服を買う時はもっぱらアメ横や原宿などの古着屋をめぐって、掘り出し物を探すのに精を出していた。(そう、あの忌まわしき、丸井の赤いカードに手を出すまでは…!)そういえば当時、サークルの仲間ではベルボトムが流行っており、特に〈BISON〉というブランドが懐に優しい価格帯で人気だった。カラバリ豊富だから仲間内で被らないのも良かったが、同じ型の色違いで穿いた日には、ナントカ戦隊みたいになってそれはそれで面白かった。夏はベルボトムに雪駄を合わせ、いつの間にか足の裏が真っ黒になっていたのを思い出す。皆がハイテクスニーカーを追いかけていた時代に雪駄というのは、いまの若い方々がイメージする「90年代」とは異なるかもしれないが、私のサークル内の流行にとどまらず、きっとみんな履いていたかと思う。とにかくエスニックなものが流行っており、あの頃のお洒落なショップは、チープなアジア風雑貨でいっぱいだった。御茶ノ水で雑貨といえば授業の合間に足を運んだ『ガラクタ貿易』。あの店でいつも焚かれていたお香のかおりは、私の鼻の奥へと染み込んで、今もまだ漂い続けているような気がする。あの頃の眩しい記憶とともに。

今回こうして機会をいただき、とりとめのない話をさせていただいた。何となく今、少し昔の事を振りかえってみたいような気持ちになっていたのだ。もしかしたら、これからまた何かが始まるのかもしれないし、始まらないのかも知れない。いや本当は、すでに始まっているのかもしれない。ただ今日も私は、この神保町の街を歩き続けている。

靖国通りを横切る度に挨拶した眼鏡屋のジョン・レノン。いつも矢印の向きがおかしいギター教室の置き看板。濃厚なタバコとコーヒーの匂いにむせかえった喫茶店。麻雀なんてルールも知らないのに50円硬貨を入れ続けたゲームセンター。そしていつも私を元気づけてくれた、理髪店の看板「DON’T WORRY BE HAPPY!」。あれ?それってあの頃だったっけ? あやふやな記憶は想い出でコラージュされ、今に続いている。街を歩けば、みんなまだそこにあるような、そんな気がする。

プロフィール

中武康法

なかだけ・やすのり | 1976年宮崎県生まれ。2009年、古書店『magnif』を古本のメッカ神田神保町にてスタート。古今東西のファッション雑誌を集めた品揃えは、服好き雑誌好きその他の多くの趣味人の注目を集めている。

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Official Website
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