カルチャー
シシ踊りの踊り手・富川岳さんの現在地とこれから。/後編
著書『シシになる。──遠野異界探訪記』を巡って。
photo: Masaru Tatsuki
text: Fuya Uto
2025年10月17日

郷土芸能「シシ踊り」は東北地方を中心に、岩手県遠野市で400年以上前から脈々と受け継がれてきた。その踊り手となった富川岳さんが、今年6月に亜紀書房から刊行した注目のノンフィクション『シシになる。──遠野異界探訪記』をきっかけに、今の心情を根掘り葉掘りインタビューした記事の後編。
シシになった経緯は本の内容と思いっきり重なるので割愛させて欲しい(ぜひ読んでみて)。富川さんは移住して3年目から踊りはじめ、今年で丸10年。祭事や行事が開催される春から秋にかけて踊り、冬に執筆する生活を送っている。
「夏は踊り手の意識が強くて気持ちが発散しているので、全く文章を書けなくて。年間で言うと、シシ踊りは神社の奉納を定例に、『遠野まつり』など大きいイベントを含めて約10回あるんですよ。それぞれ練習期間もあるので、7月〜10月の4ヶ月間は完全に踊る日々なんですよね。入ってみて面白く感じているのは、言葉にはしないけど、みんな自分の団体が1番だと思っていることですね。普通にマイルドヤンキー文化です。自分もいざ踊るとなったら、完璧に仕上げたい気持ちがあって。はじめに野球部だった話しをしましたが、そのときの感覚と近いかもしれません。集団で何か勝利に向かって、日頃の練習は辛くても頑張るっていうのがインストールされちゃってるというか。甲子園に行けなかったですが、甲子園的な目標を探す人生の僕にとっては、シシ踊りは似た感覚もあるんです」
シシ踊りは「地域行事」という認識が強かったから驚く。考えてみれば、確かに祈る行為に研鑽を積み重ねた美しい動作が備われば、なおのこと天に届く気もする。
「地元の人からすると、自分自身が表現者である意識は全くないですが、僕にとってはすごい表現者であり、アーティストだなあと思うんです。彼らの中には3歳ぐらいから踊っている人もいるので、一つの動きにしても、移住者で31歳から始めてる自分とは全然違います。シシは獅子なので、人じゃなくていいわけですよ。むしろ、いかに人から離れるか、獣のような動きをするかがスタートラインです。仮面を被れば、普段とは全く違うものとして振る舞うことができるんですね。対峙して初めて自分の雄の性というか、攻撃性のようなものが発露するのを感じています」
演じることで本能が湧き上がり、内なる野性が解放される。富川さんは今そういう世界線にいるのだ。そこでの身体知を文に表し、体験していない私たちに伝えてくれている。
「地元の方々も発信することはあまり出来ていなかったらしくて。僕自身の役割を認めてくれて、お互い良い関係性になれたことは本当に有難いです。一方で、地域で自分のスタンスが浮いてる節も少なからず感じています。面白いと思ってくれたり応援してくれたりする人の方が多いですが、『なんか違うと思う』みたいな人もやっぱりいて。地元の人もそうですし、例えばシシ踊りのファンや民俗学が好きな人、祭りを追っているカメラマンとか。伝統的なものを壊そうとしたり、伝統的なものを利用して有名になろうとしていると思う人もいるかもしれませんね。でも、僕は伝統をどう捉えるかが大事だと思っていますし、何より踊っていて楽しいんですよね」
移住者が芸能をすることの
“ねじれ”を巡って。
柳田国男が初めて獅子踊りを目にした「菅原神社」。そのときに踊っていた団体こそ、富川さんが所属する張山しし踊りだ。「参道がすごい格好よくて、日頃の息抜きとしてよく来るんです。かつて柳田国男も、ちょうど8月の夏に来ているんですよ」。
たしかに、伝統とは何だ。シシ踊りに限らず、人それぞれの捉え方があることで、これまで続いてきた。時代によって変容していくものであり、誰かが神格化することでないのは確か。繰り返しになるけど、富川さんは冬に文を書き、春から秋にかけてシシを演じ、一年中練習に励む。夜は張山地区の仲間と酒を酌み交わしながら(下戸らしいけど)、踊りの話で盛り上がる。8年ほど彼らと、この町と親密に付き合っている富川さんだから聞いてみたい。土地と深く結びついた「芸能」に、出身の違う者が身を置くことをどう捉えているのだろう。
「本を出版して、そこが本当に色々と考えさせられて、悩んでいるところなんです。というのも、今住んでいるところ(宮守町)と踊り手として所属している地区(附馬牛町)も別々なんですよね。本来、何のために踊るのかと言うと、やっぱり思いっきり信仰のためで。五穀豊穣を祈り、自分たちの集落が安全に健やかに過ごせることを祈って、神社に奉納する行為が芸能です。ものすごくシンプルですよね。土地の生活と芸能がリンクしていて。でも、僕は当初、踊り手としての興味の方が強かったんですよね。だから、出身も違えば、ここに住みながら違う芸能団体に入ってる状況になっている今、“ねじれ”を感じていて。改めてすごい考えているんです、自分が踊る意味を」
調べてみると、宮守町から附馬牛町まで車で30分ほど。距離にすると20kmは離れている。一冊の本を書き下ろすために芸能と向き合い続けたことで、より踊り手としての当事者意識も強まる。だからこそ、本質的な事実に揺れ動く。
「リリースした後に行ったトークイベントで、物心つく前から今まで地元の獅子舞に身を置いている人と話す機会があったんです。そのとき、彼はこう言って。『いや僕だったら“シシになる”とは書かない、書けないですね。芸能は自分のものじゃなくて集落全体のものであり、個人化することはできなければ、神様を迎えて、もてなすためにやってるいるから』と。いやそうだよな……と納得するとともに、自分は置かれた状況下の中で見てきた芸能感でしかなかったことを改めて認識して。“信仰”とはどういうことなのか頭にずっと引っかかっているんです。一方で、この悩みをマイルドヤンキーの方々(他のシシ踊り団体)に相談したら、『でも、遠野にいてくれてる時点で、俺はめっちゃ認めてるけどね』と言ってくれて。なんか今そういう状態なんですよ」
遠野市の北部に聳える早池峰山を霊峰として祀っている「早池峯神社」。境内には観音像があったり(遠野全体で7体ある)、子孫繁栄を祈る性神コンセイサマがあったり、土着性をビンビンに感じる。富川さんの張山シシ踊りとも縁深く、シシ頭に社紋が配されている。
閉じることと開くことを切り離さずに考えること。
人は誰かの前では多少盛ったり、飾りたくなるのが大半の心情。いくらインタビューとはいえ、出会って小一時間の他人に、自らの弱さとも言える胸の内を誠実に話せることはそうできることではない。それだけに胸を打たれる。芸能に限らず、一次産業や工芸や食など何かを深く表現するときは、「土地」を辿らざるを得ない。移住することも当たり前になった現代に置いて、そのルーツを持たない者がどう汲み取るのか、道を切り拓くのか課題は多い。
「そうですね。やっぱり地元の人たちが遠野という土地に持つ信仰心に、100%同期はできないと思うんですね。思い入れの深さが違うので。正解はないのかもしれないですけど、外から来た者としての信仰や土地との向き合い方を考え続けていくしかなくて。気持ちの純度で、それをカバーしていくしか無いなと思うんです」
シンプルだけど、この答えには自身の根底にある「野球」で培ったタフな精神性が表れているようにも思う。最も大事なのは人の想いの強さだ。積み重ねていく中でしか気づけないこと、身につけられないこと、周りとの関係性がある。とことん実直な富川さんは、2023年7月からは所属する「張山しし踊り」で花形の演目を任されるようにもなった。
「2頭のオスが1頭のメスを巡って激しく攻防を繰り返す『雌じし狂い』と呼ばれるものです。団体の歴史のなかでも初めて移住者でやってるんですよね。なので、嬉しさと同時に責任も感じています。僕らの団体は遠野の数ある芸能団体の中でも一番移住者が入っていて。ここ数年は積極的にイベントや大きな祭りを企画したりして外に開いてきましたが、それだけが良いとは言えません。実は移住者の先輩から『岳ちゃんに感謝しているけれど、開きすぎじゃないか』とも言われて。『張山しし踊り』にいろんな人たちが入ったことによって、色が薄まったように感じたそうで。一方で僕らのボスはめっちゃウェルカムで、踊れば良いんだっつって。全国的にも芸能をする人も減少しているので受け入れつつ、ちゃんと本来の型も守っていかないといけないと感じていますね」
閉じるという、ある種マイナスに認識されている言葉に、実は重要な何かが隠されてる気がしてならない。大事なのは、開くことと分離して考えるのではなく、その土地らしさを後世に残すためにバランスよく同時に見ること――その意味を理解するべく、翌日催される神社での奉納行事を見学することに。イベントなど多くの観客がいる場ではなく、あるのは遠野の「お盆の日常」である。意気込みを聞いてみると、富川さんらしい答えが返ってきた。
「明日はいつも通りっすね。本当に地域行事という感じなので、別に何かを意識するわけでもなく。プロ野球選手と同じです。ちょっとインタビュアー泣かせですけど(笑)」
プロフィール
富川岳
とみかわ・がく|1987年、新潟県長岡市生まれ。都内で広告会社勤務を経て、2016年に岩手県遠野市に移住。2018年から「張山しし踊り」の踊り手として活動する。〈株式会社富川屋〉代表として、民俗学をベースに様々なプロデュースや文化振興を行う。来年2026年に遠野市で古本屋をオープン予定。著書に『本当にはじめての遠野物語』(遠野出版)、『異界と共に生きる』(生活綴方出版部)、『シシになる。──遠野異界探訪記』(亜紀書房)がある。
Instagram
https://www.instagram.com/gaku.tomikawa/
Official Website
https://tomikawaya.com/
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