TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#1】夏のすみか:山小屋について

執筆:Yuri Iwamoto

2025年10月14日

標高約2400m、ここは北アルプスの山小屋。
9月はまだ中旬だが、隣りの大きな池にはまもなく氷が張ろうとしていた。
酷暑に苦しむ「下界」から汗だくで登ってきたわたしは、仲間たちが温かいуха́(ウハー)をしみじみ飲んでいる光景を、感情の整理がつかないまま眺めていた。まさか、入山した初日の晩ご飯がуха́(ウハー)とпельмени(ペリメニ)だなんて想像もしていなかった。さらには、ごちそうさまの挨拶を「シェイシェイ チャオタイ!」と声を揃えて台湾風(?)に唱えるというのも、全く謎であった。こうして、10年目の山小屋生活も濃い、濃いスタートを切ったのである——

ロシア駐在経験のあるスタッフが作った本格ペリメニとウハー。

こんにちは。Yuri Iwamotoと申します。
普段はガラス作家として活動していますが、夏の間は北アルプスの山小屋で働いています。
このコラムでは、山小屋の暮らしのことや、山中の楽しみについてご紹介していきたいと思います。

はじめに、この風変わりな職場「山小屋」についてご説明します。

雲の上での生活。中央の赤い建物が山小屋。

基本的に山小屋は登山者向けの宿泊施設であり、登山の中継基地として登山道の情報を得たり、食料を調達できる場でもあります。また、悪天候の際には避難施設としても機能しています。

山小屋を運営するスタッフは「小屋番」と呼ばれています。主な仕事は、宿泊者の受付をし、食事を作り、お部屋の掃除をするといったところで、住み込みでの仕事となります。
わたしが働いていた小屋では、多い時で一日の宿泊者は100人程で、スタッフは10人前後で運営していました。

小屋番ならではの仕事としては、気象観測、登山道整備、コース案内、救助、ヘリコプターの誘導等があります。
登山口から4時間ほど登って着くこの小屋は、ちょうど窪地に位置しており、電波が入らないのですが「そこに立つとauの電波だけが通じる謎の岩」があったり「端末を長野側に向けると電波が入るピーク」等があったりしますので、電波を拾うコツを含めてお客様にご案内したりします。

小屋の窓からは池が見える。

小屋の付近には雷鳥やオコジョ、クロサンショウウオが住んでおり、高山植物の希少種や固有種が数多く生育しています。これらを愛で、人の影響から守ることも大切なお仕事です。

池に生息するクロサンショウウオ。

街のホテルと山小屋が違うのは、山ではお客さんに「おせっかい」を働くことがあるというところです。山旅は危険が伴いますので、早く出発して、早く着くのが基本です。そのルールを守れない「遅着」のお客さんにはお説教をすることもしばしば。また、小屋は避難施設でもあるため、悪天候の際には予約外のお客さんを受け入れることもあります。そういう日は、相部屋でぎゅうぎゅうになって泊まっていただくしかありません。

過酷な自然環境ゆえか、サービス業のはずなのにお客さんと対等に近い立場にあります。「ダメなことはダメ」「仕方がないことは仕方がない」と率直に伝えられるのは、山小屋ならでは。健全でいいなと思っています。
(お客さんより上の立場に君臨している、名物オヤジがいる小屋もあります笑)

7〜8月のハイシーズンには、小屋番以外の方々も山で働いています。
怪我人や急病人の救助を行うパトロール隊、医大の診療部、天気予報のおじさん、郵便屋さん、植生を保護するグリーンパトロールの方々などなど。小さな社会が出来上がります。

小さな小屋では分業は無く、仕事も食事も掃除も従業員全員で行います。丸一日ほぼ一緒に過ごすので、ひと夏が過ぎる頃には親戚のような、戦友のような存在になります。

下山する「戦友」を見送るの図。

次回は雲の上での暮らしについて!

プロフィール

Yuri Iwamoto

いわもと・ゆり|1993年、埼玉県生まれ。富山県在住。ガラス作家をしながら、夏は北アルプスの山小屋で暮らす。あまりガラスを飼い慣らしすぎないことがモットー。趣味は山菜採りやきのこ狩り。

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