カルチャー
映画監督ペドロ・コスタが解説! 『ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ』展の見どころとは?
2025年9月5日
text: Keisuke Kagiwada
photo: Naoto Date
現在、東京都写真美術館(以下、TOP)で、『ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ』が開催中だ。
「そもそもペドロ・コスタとは?」って人のために説明しておくと、現代のポルトガル映画界を代表する鬼才的な監督とひとまず言える。
とりわけ有名なのは、2000年の『ヴァンダの部屋』以降、旧ポルトガル領アフリカのカーボ・ヴェルデからの移民が多く暮らすリスボンのスラム街、フォンタイーニャス地区にカメラを向けた作品群。ドキュメンタリー的な手法を使いながら、時にレンブラントを彷彿とさせる映像美は、見る者の視点を釘付けにしてやまない。
本展で展示されるのは、そんなコスタがこれまで撮ってきた映画の抜粋やアウトテイクを用いた、インスタレーション作品の数々だ。
開催に際してはコスタ自身が来日し、展示への思いも明かされた。ここでは彼の言葉を振り返りつつ、本展の見どころをダイジェストでお届けしよう。
ペドロ・コスタ:展示空間に入られた方は、非常に興味深く魅力的な雰囲気を感じ取っていただけたのではないでしょうか。とりわけ私が気に入っているのは、通常は白い美術館を黒くしたこと。そのことによってラビリンスに迷い込んだような感覚を味わっていただければと思います。
実際、展示空間は足元が覚束なくなるほど暗く、一気に別世界へといざなわれること間違いなし。そんな中、最初にお目見えするのは細い通路であり、一方の壁にはコスタの映画の断片を映したいくつかのモニターが、もう一方にはそれと向き合うようにジェイコブ・リースの写真作品が展示されている。
ペドロ・コスタ:ジェイコブ・リースは、20世紀初頭の写真家です。彼の作品は、私自身がより多くの時間を割いて取り組んできたこと、つまり、誰も知らない人々の非常に小さな生活にまつわる作品へと導く、道案内のような役割を果たしています。
19世紀後半から20世紀初頭にかけてニューヨークシティの貧困層の生活を撮影し、フォトジャーナリストのパイオニアと言われているリース。彼の写真は、コスタの『ホースマネー』の冒頭でも使用されている。また、あるインタビューでコスタは、「デンマーク出身の男がニューヨークで、私がリスボンでやっているのと同じことを、同じ関心と不安を持ちながらやっている」とも語っており、展示空間からはそんなシンパシーも伝わってくるだろう。ちなみに今回は、TOPが所蔵する彼のシリーズ〈向こう半分の人々の暮らし〉から、コスタ自身が選んだものが展示されているそう。
ペドロ・コスタ:リースの作品を見ると、映画は芸術的表現形式であるだけでなく、リサーチの方法にもなり得ることを思い出します。しかし、悲しいかな、現代美術のほとんどがその能力を失ってしまった。現代芸術のほとんどは、地獄のような現実から逃げてきたと思いますが、現実こそが私の作品の基盤であり、すべての映画の基盤であり、それはあなたたちの中にもある。だから、自らの映画を忍耐強く編集しなければならない。それが私のできる精一杯のことなんです。
さらに奥へ進んでいくと、迫り来るのはコスタがこれまで撮ってきた人々の顔、顔、顔。それを象徴するのが、いくつかのスクリーンに年齢の異なる女性たちの顔を映した《火の娘たち》だ。
ペドロ・コスタ:私がカーボベルデを訪れた際に抱いた唯一の望みは、女性たちの顔を撮影することでした。世界の多くの場所、かつて第三世界と呼ばれた地域では、20、30年前から今も、主に女性と子供たちが誰かを待っている姿が見られます。彼女たちはただ待っている。そして今日ではご存知のように殺されている。彼女たちは見捨てられているのです。また、この展示を見ている時、私たちは隣の展示空間から、ヴェントゥーラ(2006年の『コロッサル・ユース』以降、コスタ作品にしばしば登場する男性)の声を聞くことになるでしょう。彼が話すのはクレオール語なので、ほとんどの方は理解できないでしょうが、邪魔なので字幕はつけていません。だから、詳細は想像にお任せしますが、彼が語っている内容は、主に悪夢についてです。電気代、ガス代、子供たちの食費の支払い……要するに、皆さんも抱えているような日常生活の問題についての悪夢を見ているんだ、と。
そして、女性たちの表情に漂う疲労感と、ヴェントゥーラの言及していることは関連していると私は思います。だから、彼女たちの顔を、美的なもの、絵画として捉えないでください。これは別の何かに関わるのです。何も単独で存在しない。どんな関連付けでも、あなたたち自身が結びつけてくれさえすれば、それは私にとって嬉しいこと。なぜなら、あなたたちが考え始め、投影し始めるのだから。私の作品は常に投影についてなのです。
つまり、あなたたち自身が展示空間を歩き回り、映画を編集をするような気持ちで、入口に展示されている映像の中で佇むただ待っているだけの少年と、この少女を結びつける必要があるのです。そしてそれと向かい合うように展示されたリースの写真は、これまで作られた最も素晴らしい作品の一つです。それらのモノクロ写真を発見した私は、今、私が住んでいる場所で目にするものを控えめに映そうと試みているんです。そして、その差異と類似を見出し、少し悲しい気持ちになったり、時には少し希望も抱いたりする。それはあなたたちもすべきことです。幸せと希望、あるいは絶望と怒り、あなたたちの周囲にある怒りを見つけること、それがすべてです。
つまり、『ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ』とは、個々の作品をそれぞれに吟味するのではなく、「私」というひとつの身体においてそれらの断片を編集して繋ぎ合わせ、考えるヒントを得るための展示なのかもしれない。その意味で、複数の楽曲を通じて、ひとつのコンセプトを表現する、音楽アルバムみたいな展示だとも言える。そういえば、『インナーヴィジョンズ』という展示タイトルは、スティーヴィー・ワンダーが1973年に発表した同名アルバムに由来するという。最後はそのタイトルを拝借した意図についての発言で締めくくるとしよう。
ペドロ・コスタ:まず表向きの答えからいきます。私はスティーヴィー・ワンダーがとても好きで、特にこのレコードがお気に入りだからです。このアルバムがリリースされたのは、私がティーンエイジャーの頃でした。時を同じくして、私の祖国ポルトガルでは革命が起こり、ファシズム体制から別の何か……民主主義へと一夜にして移行しました。その渦中で、私は音楽、そして映画、詩を発見していったわけです。それは同時に、私が”場所”を模索していた時期でもありました。現実の中で自分を再発見するためにはどこにカメラを置くべきか、あるいはまた、どこでならより快適に働けるのか。そうした”場所”を選ぶ上でも、このレコードは大きな助けになりました。ご存じか分かりませんが、このレコードは音楽的な傑作であると同時に、アメリカの社会問題に対する非常にアクティブで深い批評にもなっているからです。そして、それはどこにおいても起こりうることなんです。
次はあまりオフィシャルじゃないバージョンです。『インナーヴィジョンズ』というタイトルの展示であれば、人はこう思うに違いありません。「ああ、スティーヴィー・ワンダーね」と。それによって、もしかすると何百万もの人々が足を運んでくれるかもしれません。要するに、商業的な理由です。彼らは展示を通して、スティーヴィー・ワンダーには関係ないものかもしれないが、おそらく面白い何かを目にするでしょう。それはともかく、本当の理由は明白であって、インナーヴィジョンズというタイトルが素晴らしいと思うからに他なりません。それは私たちが、つまり芸術表現に関心を持つあなたたちのような人々の、人生のビジョンをすべて要約している。問題は、この内なるビジョン、夢、プロジェクト、仕事を外の世界に持ち出し、人々と共有し、共通の基盤とすることなんです。
インフォメーション
総合開館30周年記念 ペドロ・コスタ インナーヴィジョンズ
会場:東京都写真美術館 B1F 展示室
会期:2025年8月28日(木)〜12月7日(日)
時間:10:00~18:00(木・金曜日は20:00まで、図書室を除く)
※入館は閉館時間の30分前まで
※2025年8月14日~9月26日の木・金曜日はサマーナイトミュージアムのため21:00まで開館
料金:一般 800(640)円、学生 640(510)円、高校生・65歳以上400(320)円
※( )は有料入場者20名以上の団体料金、当館映画鑑賞券提示者および各種会員割引料金。
※中学生以下および障害者手帳をお持ちの方とその介護者(2名まで)は無料。第3水曜日は65歳以上無料。
※学生、高校生・65歳以上の方、各種お手帳をお持ちの方は、いずれも証明できるものをご提示ください。
※各種割引の詳細はご利用案内をご参照ください。
※各種割引の併用はできません。
Official Website
https://topmuseum.jp/contents/exhibition/index-5093.html
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