TOWN TALK / 1か月限定の週1寄稿コラム

【#3】映画館のある街で インド篇

執筆:内田洋介

2025年8月25日

表紙になりえたモロッコ行きを断念できたのは、写真家とインドに行く予定があったからだ。
ボリウッドでおなじみナンバルワンの映画大国。きっと、うまくいくような気がしていた。

はたして表紙に撮り下ろしたのは「Raj Mandir」という映画館だった。
首都ニューデリーから南西へ300kmとない距離にある宮殿都市ジャイプル。別名ピンクシティで名高い街にあるそれは、「インドでもっとも豪華な映画館」とする声も聞く。

表紙撮影:土田 凌

どんな映画館かは誌面のとおりだけど、厄介だったのがチケット必須であることだ。まあ、映画館にチケットがいるなんて当然か。それが客席ならまだしも、建物へ一歩入るだけでも必要とされたから困惑した。

撮影:土田 凌

おかげで同じ映画を繰り返し観なければいけなかった。それも長尺で、ましてやハマれない内容。表紙の写真も、撮影したのは通うこと3日目だ。
マハラジャゆかりの宮殿や天文台など「夢」を誌面のキーワードにしたけど、裏ではちょっとした悪夢のようだった。

悪夢といえば、ジャイプルの前に訪れたチャンディーガルでも災難があった。

インド北部にあるチャンディーガルは、建築の巨匠ル・コルビュジエが構想した都市計画を、世界で唯一実現させた場所だ。
街は約60のセクター(区画)に分けられ、行政庁舎を頭部、商業施設を心臓部に配置するなど、人体になぞらえて設計。混沌や喧騒といったステレオタイプと無縁の土地は、「インドでもっともインドらしくない」と称されることもある。

そんな街の心臓部にはコルビュジエゆかりの映画館があった。従兄弟ピエール・ジャンヌレの指導のもと、インド人建築家アディティヤ・プラカシャが設計した「Neelam Cinema」。映画館を特集する旅雑誌にとって、タージ・マハルやガンジス河よりも、はるかに魅力的に思えた。

写真家と合流する前だから、撮影は自前だ。なんせ個人運営の零細な旅雑誌。暗くて手元が見づらくても、気だるそうな管理人に急かされても、ひとりでどうにかするしかない。
そんな思いでいたとき、ぼくの開いた手からカメラが滑り落ちた。構えた拍子か、フイルム交換のタイミングか、ショックのあまり覚えてない。とにかく「ガシャーン」という衝突音が館内に響き、拾い上げたプラウベルマキナW67には亀裂が走っていたのだ。

泣きそうになって亀裂をなぞっていたとき、ふとチャンディーガルのシンボルを思い出した。コルビュジエが手がけたオープンハンド・モニュメント。そのメッセージは「Open to give. Open to receive.」だった。

プロフィール

内田洋介

うちだ・ようすけ|1991年、埼玉県生まれ。フリーランスとして編集・執筆活動をするかたわら、2015年に独立系旅雑誌『LOCKET』を創刊。7冊目となる最新号では、映画館を特集。インド、ルーマニア、トルコ、ウクライナ、ハワイなどで撮り下ろされた、世界各地の映画館が収録されている。全国170軒の取り扱い店舗、およびオンラインサイトで入手可能。

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