カルチャー
クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書。Vol.30
紹介書籍『どう生きるかつらかったときの話をしよう』
2025年8月15日
text: Densuke Onodera
edit: Miu Nakamura
重力にすら逆らう心意気とユーモア
パンクスの基本原則は「逆らう」だ。
大人や権威、社会的な常識など、普通は従うべきとされるものを疑い、逆らう。そのスタンスを象徴するようなパンクスの髪型がモヒカンだ。
ロン毛でもなくマッシュルームでもなく、なぜパンクスの先人達が髪をツンツンに立てるモヒカンをチョイスしたのかといえば、それが物理的に「重力に逆らってる」からだと思う。この世界にはさまざまな常識や当たり前が存在するけど、全世界共通で当たり前のものとして受け入れられているのが「重力」で、それにすら逆らってみせるのがパンクスの心意気でありユーモアだ。
しかし、モヒカンにするには覚悟がいる。例えば私がモヒカンで田舎の町を歩けば「あら、小野寺さんちの息子さん不良になったのね」と周囲から冷たい視線を浴びるだろうし、モヒカンでカフェに入れば「あいつモヒカンのくせにフラペチーノ飲んでんだけど」と嘲笑されるだろう。
そうした他者からの視線や評価よりも自分の価値観を大事にするのがパンクスである訳だが、パンクスに憧れて20年、私はモヒカンにしたことがない。なぜなら私は会社員だからだ。
会社員は他者の目、他者からの評価を意識する。例えば営業職として大事な得意先に訪問するとき、ツンツンのモヒカンでは威圧感を与えてしまう。威圧感を与えて営業成績が伸び悩むと、上司からの評価は得られない。評価が得られないと、給料も増えない。
時に自分を犠牲にしながら得意先や上司、同僚や後輩とうまくやっていくのが会社員であり、そんな感じで七三分けのサラリーマンヘアーでのらりくらり生きてきた私は今、自分の人生に行き詰まりを感じている。他者の目、他者からの評価を意識して生きてきたのにバリバリの出世街道を歩んでいる訳ではなく、自己肯定感を満たす程の他者からの評価を受けている訳でもない。
四十肩の痛みを感じながら「あれ、おれの人生このまま終るのか?」という不安が芽生えている。
そんな折に『どう生きるかつらかったときの話をしよう』を読んで、四十肩の痛みに逆らって拳を高く突き上げたい気持ちになった。
本書の著者は宇宙飛行士の野口聡一氏で、彼が二度めのフライトから帰還した後の約十年に渡って「燃え尽き症候群」に苦しんだ経験がエッセイとして綴られている。
著者は、自らの苦しみの理由をこう振り返る。
「その根本的な原因は、「自分はどういう人間なのか」「自分がやりたいことは何か」「自分はどう生きるか」といったことを、他者の価値観や評価を軸に考えていた点にありました。」(P.56)
宇宙飛行士も、巨大な組織の一員。一人で好き勝手に宇宙に行くことはできない。
他者から与えられた目標を追いかけ、他者の評価や他者との関係性を軸に自分のアイデンティティを築いてきたために、大きなミッションを終えて組織における自分の立場や評価が変化すると、アイデンティティは脆くも崩れ去る。
その経験から立ち直った著者が本書で一貫して主張するのは「自分の価値を他者に決めさせるな」ということだ。
「他者から期待される理想像を追い求める必要はないし、自分と他者を比べ、優越感や劣等感を抱いても意味はない」(P.100)
収入だとか社会的地位だとか、どこに住んでるとか何を所有しているとか。私は無意識にそれらを他人と比較し、その差分をモノサシにして自分の価値を計ってしまう悪い癖がある。これが危ういのは、自分よりも上だと感じる他者との比較においては劣等感しか生まず、自分よりも下だとみなす他者との比較においては下卑た優越感を生み、さらには他者を見下し差別することで自己を肯定するクソ野郎に成り果てる危険性があるからだ。
他者を利用した相対評価ではなく、絶対評価で自分の価値を決めるにはどうすればいいのか。
それには「多くの収入を得て豊かな暮らしを送ることが幸せ」とか「理想の家庭をつくることが幸せ」とか、誰もが「絶対だ」「当然だ」と思っていることを疑うことが大事だと著者は言う。
その一例として「目上の人は高いところ、部屋の一番奥など、いわゆる『上座』に座るものだ」という上下関係の常識を挙げてこう述べる。
「重力のない世界には上も下もありません。宇宙ステーションでは、基本的に年齢や立場の上下など関係なく、ミーティングの際にはみんな相手の顔を見ながら、車座になっていました。(中略)ほとんどの人が「当然だ」「絶対だ」と思っている重力の存在、上下関係の存在も、広い宇宙から見れば、決して「絶対」ではないのです」(P.188)
無重力を経験した宇宙飛行士の著者と、重力に逆らってモヒカンにしたパンクス。その「当たり前を疑う」姿勢に共通のスピリットを感じた。
宇宙飛行という大きなミッションを終えて大きな組織を退職し、長い苦しみから抜け出した著者は、他者から与えられたものではない自分のミッション、自分のやるべきことをこう語る。
「人種差別や性別による差別などがなく、誰もがストレスなく暮らしていける平等な社会を実現させるために、できることをやっていきたい」(P.175)
それは即ちパンクスのミッション、やるべきことじゃないか。
読後、著者の写真を見るとヘアスタイルがなんだかモヒカンに見えてきた。
「最近生きるのがつまらない」という燃え尽き気味のパンクスたちの暗闇に、灯りを照らしてくれるような名著。
紹介書籍
どう生きるかつらかったときの話をしよう
著:野口聡一
出版社:アスコム
発行年月:2023年10月
プロフィール
小野寺伝助
おのでら・でんすけ|1985年、北海道生まれ。会社員の傍ら、パンク・ハードコアバンドで音楽活動をしつつ、出版レーベル<地下BOOKS>を主宰。本連載は、自身の著書『クソみたいな世界を生き抜くためのパンク的読書』をPOPEYE Web仕様で選書したもの。
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